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【記者コラム】棋士やゲーマーも「アスリート気質」 対局前に縄跳び777回、糖質オフの栄養管理も

 囲碁男子個人の3位決定戦に敗れ、涙ながらに取材に応じる一力遼二冠=9月28日、杭州(共同=金子卓渡撮影)
 囲碁男子個人の3位決定戦に敗れ、涙ながらに取材に応じる一力遼二冠=9月28日、杭州(共同=金子卓渡撮影)
 杭州アジア大会に出場した囲碁女子団体の(左から)藤沢里菜女流本因坊、上野梨紗二段、上野愛咲美女流名人=10月1日、杭州(共同=菊浦佑介撮影)
 杭州アジア大会に出場した囲碁女子団体の(左から)藤沢里菜女流本因坊、上野梨紗二段、上野愛咲美女流名人=10月1日、杭州(共同=菊浦佑介撮影)
 取材に応じるeスポーツのアジア大会代表、林賢良=9月28日、杭州(共同=菊浦佑介撮影)
 取材に応じるeスポーツのアジア大会代表、林賢良=9月28日、杭州(共同=菊浦佑介撮影)
 取材に応じるeスポーツのアジア大会代表、川野将輝=9月28日、杭州(共同=菊浦佑介撮影)
 取材に応じるeスポーツのアジア大会代表、川野将輝=9月28日、杭州(共同=菊浦佑介撮影)
 杭州アジア大会のeスポーツ会場=9月26日、杭州(共同=坂野一郎撮影)
 杭州アジア大会のeスポーツ会場=9月26日、杭州(共同=坂野一郎撮影)
 【杭州】スポーツとは何だろう―。運動記者18年目にして、この壮大な疑問を抱いた。なぜか。中国で開催中の杭州アジア大会で、囲碁とeスポーツを担当しているからだ。正直に言う。担当に決まった際、真っ先に浮かんだのは「これはスポーツと言えるのか…」との思いだった。しかし、実際に選手に接して見えてきたのは、棋士やゲーマーたちの「アスリート気質」。選手の行動や言葉は、プロフェッショナルそのものだった。(共同通信・菊浦佑介)

 アジア大会には思考力を競う「マインドスポーツ」があり、今回は囲碁や中国将棋、チェス、トランプゲームのブリッジなどが行われている。

 囲碁は初採用された2010年の広州(中国)大会以来、3大会ぶり。eスポーツは公開競技だった2018年ジャカルタ大会を経て今回、正式競技となった。優勝すれば「金メダリスト」となる。

 まず出向いたのは、大会序盤の囲碁男子個人。日本勢は一力遼二冠(日本棋院)が準決勝に勝ち上がった。ところが準決勝と3位決定戦は不本意な内容で敗れ、4位に終わってしまった。

 対局後、取材エリアでインタビューに答える一力二冠は「メダルを取りたかった」と涙ながらに悔しがった。普段取材するスポーツの現場と変わらない光景だった。

 大会前、一力二冠に話を聞いた。限られた時間で次の一手を考え抜く作業を延々と続ける囲碁は頭と体の消耗が激しく、朝から夜まで続くこともある対局で「体重が2キロほど落ちることもある」という。

 座った姿勢が続くことによる体への負担も大きい。国内外の各地を飛び回って対局をこなすことも含め、体力勝負の一面がある。

 棋士に驚かされたことの一つに、ウオーミングアップがある。独特なのは、上野愛咲美女流名人(日本棋院)。おっとりした口調とは対照的に、大胆な棋風から「ハンマー」の愛称で親しまれるトップ棋士は、対局前に必ず、縄跳びを777回こなす。

 体を動かすことで脳も活性化させる意味合いがある。ランニングやフラフープも試したが、縄跳びが「ちょうどいい」負荷だった。他の準備運動より勝率がいい傾向もみられたため、ルーティンとなった。

 777回という回数は、験かつぎではなく「ちょうどいいから」。そして、縄跳びの後はバナナでエネルギーを補充する。

 自身の傾向や感覚と向き合い、コンディションを整えて対局に挑む姿は、まさにアスリートだ。ちなみに「ハンマー」という、ちょっと屈強な愛称は「褒められていると思うのでうれしい」と気に入っているそうだ。

 妹の上野梨紗二段(日本棋院)は、姉にならって縄跳びを試したが体に合わず、ランニングで汗を流してから碁盤に向かう。

 藤沢里菜女流本因坊(日本棋院)は「アップテンポな音楽を聴いて気持ちを明るくする」そうで、最近は人気ユニット「YOASOBI」がお気に入り。体を動かす競技でも試合前に音楽で気持ちを高めるアスリートは多く、これも共通点だ。

 さて、eスポーツはどうか。「ゲームなんて遊びだろう」。こんな言葉や視線を長年浴び続け、今でも「スポーツか否か」の議論はある。

 今回、「ストリートファイター☆(ローマ数字5)」部門に出場した38歳の林賢良(map on stage)は、開会式に他競技の選手たちと同じ、ユニフォームで参加した際「やっと認められたんだな」と込み上げる思いがあった。

 「小さい頃から、やるべきことは勉強で、ゲームはやってはいけないものとすり込まれてきた。時代が変わってきた」。ゲームセンターの店員などを経て、プロとして活動する第一人者の言葉に、しみじみと聞き入ってしまった。

 林とともに代表として出場した川野将輝(グッドエイトスクアッド)の話も興味深かった。選手村の食事の印象を聞いたときのことだ。

 川野は「タンパク質を多めに取り、糖質は控えている。ビュッフェでもお米や麺類はあまり食べていない」と語った。

 理由を尋ねると「糖質を取り過ぎると、集中力が落ちる感覚があるから」。調整の一環に食事も位置付けているとは、全く想像していなかった。

 川野もプロゲーマー。ゲームで生計を立てることに不安や焦りはないか聞くと、こんな答えが返ってきた。

 「周りと比較すると、焦ってしまう。昨日の自分から今日はどれだけうまくなれたか、にフォーカスしている」。何とアスリートっぽい言葉だろうか。

 周囲の反対を押し切り、大学を中退してプロとなった経緯もあるからか、言葉の端々にプロ意識がにじみ「勝てないと、チームにも入れない。とにかく強くあることが大事」と覚悟を口にした。

 林は言う。「なんだかんだ言われるけど、一つのことを突き詰めるのは、素晴らしい。何事であっても、全力で向き合うのは誇れること」。

 それぞれの分野にのめり込み、楽しみながら、技を極めて競い合う―。囲碁もeスポーツも、いわゆるスポーツと同じだった。

 まだまだスポーツは奥が深い。実感すると同時に、失礼な先入観を持った素人記者の取材にも快く応じてくれた2競技の「アスリート」たちに、心から感謝したい。

(2023年10月06日 06時55分 更新)

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