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古代吉備の史跡 岡山全体で活用と発信を

 全国4位の巨大古墳、造山(つくりやま)古墳(墳長350メートル、岡山市北区)を中心とする造山古墳群。その一つ、千足(せんぞく)古墳(墳長81メートル)で、岡山県で初めてとなる前方後円墳の復元整備が進んでいる。墳丘には既に復元埴輪(はにわ)も立ち並び、5世紀前半に築かれた頃の壮観さがよみがえりつつある。

 古代吉備は弥生時代の2世紀、前方後円墳のルーツともされる楯築(たてつき)墳丘墓(倉敷市)の頃から、岡山県と広島県東部に広がる勢力を築いた。古墳時代には造山に作山(つくりやま)(総社市)、両宮山(りょうぐうざん)(赤磐市)の両古墳を加えた「三大巨墳」は大和王権の大王墓に匹敵する規模を誇る。7世紀代の古代山城・鬼ノ城(総社市)もその遺産といえる。

 日本の古代史に異彩を放ち続けた吉備の繁栄を示すのが巨大古墳などの史跡群だ。だが、その真価や魅力を伝え、発信する活用策は立ち遅れていると言わざるを得ない。

 造山古墳群は2014年、千足古墳の石室彫刻の破損事故を受け、岡山市教委が保存管理計画を策定。ほぼ手つかずだった発掘調査や史跡整備に着手した。千足古墳の復元は22年度で完成する。

 一方、作山、両宮山古墳で本格的な整備活用の動きはない。楯築墳丘墓は充実した案内看板はあるが、墳丘内に住宅団地の給水塔が今も立つ。鬼ノ城は復元した城門の内部公開といった整備後の動きが乏しい。ハード、ソフト面ともに整備と活用の取り組みはばらばらなのが実態だ。

 古代吉備の歴史や史跡がメインテーマの公立博物館も、県立吉備路郷土館(総社市)が10年に閉館してからは存在しない。史跡が残っているだけでは価値が十分には伝わるまい。

 これだけの史跡を生かし切れない理由の一つは、対応がそれぞれの市町村に委ねられていることがある。活用には古代吉備の史跡を一体的に捉える視点が不可欠だ。県には、総合的な将来像の策定や、市町村同士の連携を主導する役割が求められる。

 参考になるのは古代出雲の島根県だ。県立古代出雲歴史博物館を中心に八雲立つ風土記の丘、主な史跡ごとのガイダンス施設を整備してルート化。特筆されるのは研究員14人を擁する研究機関「県古代文化センター」の存在で、3年計画のテーマ研究を次々に進め、成果を歴史博物館で公開する。最新テーマの「古代出雲と吉備の交流」には岡山からも複数の客員研究員らが参加。成果の企画展が今年10月から開かれる。

 岡山ではこうした組織的な研究体制はない。近年、古代吉備研究の低迷が指摘されるのと無関係ではないだろう。

 国家の形成に向かい始めた古墳時代に「大王墓級」を次々築いた吉備をどう位置付けるかは、日本史の理解にも影響を与える。その史跡は全国に誇れる資産であり、県と市町村が連携して活用と発信に取り組むべきだ。

(2022年05月27日 08時00分 更新)

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