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【ファジ】現役引退の竹田忠嗣さん 初の有休はキスマイライブに

ホーム大分戦前に行われたトークショーで近況を語る竹田さん=21日、シティライトスタジアム
ホーム大分戦前に行われたトークショーで近況を語る竹田さん=21日、シティライトスタジアム

 サッカーJ2ファジアーノ岡山のホームゲームイベント出演のためシティライトスタジアム(岡山市)を訪れた竹田忠嗣さん(35)にインタビューした。2008~17年の10年間、ファジアーノでプレーし、昨季限りで現役を引退。春からは東京のコンサルティング会社に入り、新たなスタートを切った。

 「五つぐらいの仕事が同時に進んでいて、正直大変だが、(プロ入りした時の千葉の監督で、5月に亡くなった)オシムさんの指導が今も生きている」と近況を語る竹田さん。さんデジのインタビューをきっかけに広まったアイドルグループ「Kis―My―Ft2(キスマイ)」ファン活動も継続中で、「初の有休はライブに行く予定」と笑いながら話した。引退を決めた理由やこれからの目標も聞いた。



 ―久しぶりのシティライトスタジアムですよね。

 (前所属の)岐阜とファジアーノが対戦したゲーム以来ですから、2019年以来です。やっぱりいいですね。応援を全身に浴びながら試合ができたことがどれだけ素晴らしいことで、自分の力になっていたかということが、岡山を離れてより感じました。

 ファン・サポーター、チームのスタッフ、そして選手がそれぞれの立場でゲームというエンターテインメントのコンテンツを一緒に作り上げていたと思っています。自分もゴールを守ることが仕事だと思って毎試合立っていました。次は、こういった環境を作ることに力を発揮できる人として、また戻ってきたいと強く思いました。

 ―10年間もプレーした岡山だからこその思いですね。

 自分はJ1(千葉)の時、出場試合は「0」でした。「0を1にする」=「岡山でJ1に行く」ことが、岡山で頑張るモチベーションになっていました。その熱量を思い出しました。
岐阜の選手として、再びシティライトスタジアムのピッチを踏んだ竹田さん(右)=2019年9月
岐阜の選手として、再びシティライトスタジアムのピッチを踏んだ竹田さん(右)=2019年9月

 ―現役最後の4年間は、岐阜でプレーしました。

 岐阜は最後のチャレンジだと思っていました。チームが強くなるために、自分の全てを若い選手に還元するための場所にするつもりでした。しかし、結果を出せず、監督は何度も変わりました。20年のJ3降格後は、何とかJ2に復帰してから引退したいと思ってやってきました。そんな4年間でした。

 ―5月8日の千葉―岡山戦(千葉市・フクダ電子アリーナ)で行われたオシム元監督の追悼セレモニーにも参加していました。

 オシムさんはプロになって初めての監督でした。「本当に最初の監督でよかった」という言葉に尽きます。なぜかというと、サッカーだけでなく、人生についても教えてもらったからです。「サッカーで人生のすべてを学べる。そんなすごいところにあなたたちはいるんだよ」とオシムさんは言っていました。

 正直、うまくいかないことの方が多かったですが、次の試合に向けてどう立ち向かうか、どうやったらうまくなるのかと常に考えさせられました。18、19歳の時はまだ子どもだったので、人生自体が分かっていなかったのですが、後々気づかされることも多くありました。そんなことを思い出したフクアリでの時間でしたね。
【ファジ】現役引退の竹田忠嗣さん 初の有休はキスマイライブに

 ―引退を決めた理由や経緯を聞かせてください。

 年表のような感じで、50歳、60歳の目標を考えていました。40歳で目標とするところに到達するには、あと5年しかないんです。サッカー界を発展させるためには、選手経験や指導の知識だけでなく、ビジネスの知識や目線も必要だと考えていました。株主やスポンサーといったビジネスマンと会話することがあっても、ビジネス用語が難しいのでなかなか理解できなかった経験からです。サッカーとビジネスをうまくかみ合わせることができる人材は少ないと思っていたので、そういう人になれるような進路を選びました。サッカー界のいろんな人に会いまくって出した結論です。

 誘ってくれたサッカーチームもありました。練習参加もしましたが、「上に上がりたい」「この環境でやりたい」…いろいろな考えの人がいる環境でした。自分はこれまで、J1に出るため、試合に勝つために頑張ってきました。格好よくいうと、サッカーをぞんざいに扱いたくなかったんですね。J1に上がる熱量を前面に出して、毎週ポジション争いをして、死ぬ気でシーズンを戦ってきたから、物足りなさを感じました。(引退の)決断の時かなと思いましたね。

 ―これからの目標設定は?

 今は東京のコンサルティング会社で働いています。生意気ですが、問題を解決する力、論理的な思考を学べたらと思っています。スポーツに少し携わっているところなので、全然違う分野も見ながら、5年後、10年後、おもしろいことができる人材になりたいです。

 でも、めちゃくちゃきついです。五つぐらいの案件が同時に進んでいます。まるで、オシムさんがやっていたビブスが何色もある中で、(指定された色の順番で)パス回しの練習をしていた時に戻ったみたいな感じです。もしかして、オシムさんの練習はこの時のためのものだったんじゃないかと思うぐらい。だからこのマルチタスクをこなせれば、もっと成長できると思っていますね。
【ファジ】現役引退の竹田忠嗣さん 初の有休はキスマイライブに

 ―話は変わりますが、現役時代にキスマイに会えて良かったよね(笑)。

 あれだけ(インタビュー記事が)バズったんで、さんデジのおかげですよ。本当にありがとうございます。掲載後も、SNSでキスマイのことを発信していたら、テレビ局からオファーをもらって共演できました。感謝しかないですよ。きょうはその話を聞きたいのかなと思いました(笑)。

 ―現役時代と違って、時間も作りやすいと思うけど…

 まじめな話、土日休みなのでどこでも行けます。行けそうなライブが平日なので、社会人生活初の有給休暇はライブに使います(笑)。

 ―最後にこれからの決意を聞かせてください。

 ピッチに立てる11人は何かが他の選手よりもできるから選ばれています。フロントスタッフも同じだと思います。過去にそのクラブで頑張ったからだけでなく、それ以上の何かを与えられるような人にならないといけない。クラブが欲しがる、来てくれと呼んでもらえるような人になりたい。そのために、今の会社でしっかり勉強して、成長していきたいです。
たけだ・ただし 2005年、J1千葉入り。06年から主に下部組織のジェフリザーブズでプレーした。慶応大在学中の08年、当時日本フットボールリーグ(JFL)のファジアーノに加入し、17年まで在籍。通算でJ2は289試合(8得点)、J3では26試合(0得点)に出場した。
たけだ・ただし 2005年、J1千葉入り。06年から主に下部組織のジェフリザーブズでプレーした。慶応大在学中の08年、当時日本フットボールリーグ(JFL)のファジアーノに加入し、17年まで在籍。通算でJ2は289試合(8得点)、J3では26試合(0得点)に出場した。

(2022年05月26日 17時50分 更新)

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