山陽新聞デジタル|さんデジ

「吉備沃野」

 新世紀を迎え、桃太郎が「いざ未来」と船出する。そんな揚々たるイメージを形にしたという。2001年からJR岡山駅東口にあるモニュメント「吉備沃野(よくや)」だ▼大型だがほぼ平面、しかも、れんが敷きの広場と地続きだから、知らなければ単なる床模様と見過ごすかもしれない。既設の桃太郎像を中心に取り込み、同心円状に自然由来の物を敷き詰めてある▼内側から土、木、石、焼き物、青銅、鉄。先人が手にした順なのだろう。焼き物は備前焼の作家有志が陶板を作った。青銅には当時の全78市町村名が鋳込まれた。岡山県の来し方の積層のような作品である▼一番外側の“今”の層には再開発の波が広がる。将来ここに路面電車の軌道が引き込まれるため「吉備沃野」は撤去、廃棄されることが先般決まった。時とともに街の姿が変わるのは避けられまい▼ただ、こうしたパブリックアートはその場、その形でなければ生き続けられない。作者の彫刻家・西雅秋さんは「丸ごと埋めるか跡形なく消してほしい」と望んだと聞く。公共空間に置かれた作品は全国で2万点近いともされ、都市開発に伴う撤去の議論は珍しくないようだ▼土地の記憶は薄れゆくからこそ、残すための作品が作られる。岡山駅前広場に刻まれた後、平成の大合併で消えた町村名が再び失われるのは、やはり寂しい。

あなたにおすすめ


さんデジ特集

TOP