山陽新聞デジタル|さんデジ

思いのこもった駒

 囲碁の関西棋院にはタイトルを懸けた大事な対局に限り使う碁盤がある。裏には「本因坊昭宇」。棋院が日本棋院から独立した際、中心となった故橋本宇太郎九段の揮毫(きごう)だ▼本因坊のタイトル保持者だった。独立を認めない日本棋院から剥奪論も出る中、1951年の本因坊戦7番勝負に臨んだ。かど番から3連勝で防衛し、棋院存立の礎を築いた。碁盤は当時のものとされ、先人の熱意が宿る▼こちらも思いがこもった品だろう。あす金沢市である将棋の棋王戦5番勝負第2局で使われる駒だ。能登半島地震で自宅が倒壊した石川県珠洲市の塩井一仁さん(63)が提供する▼将棋連盟の県支部役員。複数の駒や将棋盤を持ち、これまで金沢での対局で提供してきた。今回も話が進んでいたが、大切な妻を失い「華やかな場所に関わるのはやめておこう」と一度は見送った▼だが遺骨を前に考えた。妻は将棋をどう思っていたか―。長男が小学生の時に将棋大会で入賞すると喜んでいた姿が頭をよぎった。自宅のがれきをかき分け、無傷の状態の駒を見つけた▼棋王戦は全八冠を独占する藤井聡太棋王に同じ21歳の伊藤匠七段が挑む。第1局は引き分けとなり、今回が仕切り直しだ。「天才同士の対局を彩ってくれたらうれしい。日常を取り戻すきっかけにしたい」。駒を提供する塩井さんは前を向く。

(2024年02月23日 08時00分 更新)

あなたにおすすめ

ページトップへ