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BE:FIRSTは「筋書き通りの成功」新音楽ビジネスへの挑戦を解説【坂口孝則連載】『オリコンエンタメビズ』

経営コンサルタント・坂口孝則氏
経営コンサルタント・坂口孝則氏
 日々話題を集めるエンタメニュースも、経済目線で知ればもっと面白くなる。そこで『ORICON NEWS』は、エンタメをこよなく愛する経営コンサルタント・坂口孝則氏に、エンタメにまつわるニュースを経済視点で解説してもらう企画『オリコンエンタメビズ』を連載中。今回は、7人組ダンス&ボーカルグループ・BE:FIRSTのヒットの背景について、解説してもらった。

【動画】HIPHOPと日本らしさの融合に挑戦した「Masterplan」MV

■アーティストも意識する「持続可能なビジネス」

 先日、BE:FIRSTの総合監督であり事務所代表のSKY-HIさんが発表した声明が話題になりました。具体的には日本ユニークな、いまだにCD売上に依存しているビジネスモデルからの脱皮でした。

 日本の業界問題として「10年以上も前から開封されずに捨てられる大量のCD」があるとしました。勇気のある指摘です。つまり特典を“買わせる”ために無駄なCD(≒プラスチック)を浪費させてきました。それは反環境的行為にほかなりません。アイテムや必要以上にアトム=CDを購入させるのではなく、あくまで社会的な責任を果たすために持続可能なビジネスを展開するとしました。これはSDGs的といってもいいし、楽曲との一貫性を担保したといってもいいでしょう。だって、アーティストは平和や愛や環境を歌っておきながら、持続可能ではないビジネスモデルを採用していたら、それこそ矛盾ですから。

 戯言だけではアーティストとして生きていけません。旧来のビジネスモデルを捨てるのであれば、新たなビジネスモデルを構築せねばなりません。BE:FIRSTは24日に発売した新曲「Masterplan」において、「CDに様々な特典をつけるのではなく、直接その特典に値するグッズを販売する仕組みを試験的に導入します」としました。

 ここから、「Masterplan」を聴いたり、MVを観たりすると、さまざまな発見があります。

■新曲「Masterplan」の示す新たな姿

 結論からいえば「Masterplan」は傑作です。表題曲「Masterplan」は和テイストのイントロから、先端のビートとライム。どこをぶった切っても血しぶきが出るようなハイテンション。そして、大胆不敵なリリック。

 説明は野暮ですが、「Masterplan」=「基本計画」という意味であり、歌詞に「成功以外一回も見てない当然の万馬券」「期待通りじゃ物足りない」「想像以上が当たり前」と、まさに成功のすべてが筋書き通りで、現在の成功さえも軌跡に過ぎないと宣言されます。

 そして「I know, it is our fate」。この単語使いに注目せざるを得ません。destinyではなくfate。どちらかといえば、ネガティブな、ある意味で哀しみも内包するこの単語。前述の文脈でいえば、旧来の音楽業界の常識と闘い続けねばならない覚悟すらも感じるのです。

 そして、曲「Masterplan」を音楽から先に聴いた人は必ずそう思うでしょうが、総合芸術として創られています。音楽だけではなく、MVと、そしてライブとセットで楽しむ仕掛けになっています。また応援している自分自身を想像しながら聴くわけです。

 曲「Masterplan」のMVには印象的なシーンが二つあります。一つ目はスーツを着た人々の前でメンバーが踊るシーンです。これまた説明するのは野暮ですが、スーツは既得権益者を隠喩し、さらに既存の業界関係者を意味しています。スーツの連中が静的なのにメンバーが動的なのは印象的です。変わらない業界と、変化を求めるグループを示しています。

 また、効果的にサングラスが使われているのも象徴的です。映画『マトリックス』の例を引くまでもありませんが、「いま表面的に見えていることは真実ではないかもしれない」と現状をアイロニックに抉ったシーンです。歌詞との整合性が面白いですね。

 そして二つ目。後半には枝垂れ桜をバックにメンバーが踊ります。以前、桜は始まり(入学)の象徴でしたが、現在では温暖化によって別れ(卒業)のイメージ、という二重の意味があります。つまりBE:FIRSTが新しい世界を創出する宣言のようにも、旧来の音楽ビジネスをぶっ壊す別離歌とも聴こえるはずです。

 そして、そんな日本的な景色をバックにメンバーが地ならしをします。もちろん和のつながりでゴジラの地響き的な演出といえなくはありません。ただ、これは地面で足を叩き誓約を立てる古代儀式の暗喩でしょう。もちろん、それはこれから世界を獲っていく、という宣言にほかなりません。また、聖書的にいえば、苦悩の中で神に嘆願を示す祈りと捉えられます。さらに、それすらもディスプレイで監視している「Masterplan」。

 同グループの思想は一貫しています。そして、思想の一貫性によって新たなビジネススタイルを打ち立てようとする姿は革命ですらあります。

■少年ジャンプ的な汗が、MARVEL的なプロフェッショナリズムに昇華した軌跡

 奇跡的なアーティストと、どのように出会うのでしょうか。もちろん、奇跡的に、です。

 2021年。私が出演していた『スッキリ』(日本テレビ系)でスタッフルームにいたときのこと。次からはじまろうとするボーイズグループオーディションのフリップが目に留まりました。その名は「THE FIRST」。

 女性ディレクターの方は「現場がとても熱くなっていて、凄いことになっている」と興奮しながら教えてくれたことを思い出します。そこから私はこの企画が回数を重ねるごとに、オーディションで映る彼らに傾倒していきました。そして誕生したのがBE:FIRST。

 その後、2021年11月のデビューから1年でNHK紅白歌合戦に出場し、そこから大ブレイク。ついには先日、全国で40万人を動員した全国アリーナツアー・ドーム公演を成功させた――というジャパニーズドリームは、もはや説明不要かもしれません。

 BE:FIRSTをビジネス観点から読み解きましたが、もし普通のビジネス原稿の書き手ならばBE:FIRSTを「プロセスエコノミーの成功例」などと手際よくまとめるでしょう。これは商品の誕生から完成までのプロセスを公開し、訴求性を高めるものです。また完成度の高い楽曲を、プロダクトエコノミーの側面などからかっこよく説明することもできます。

 しかし、私が番組の現場で見ていた光景はそんなもんじゃなかった。私が前述でスタッフルームでのエピソードを取り上げたのは理由があります。番組スタッフ側も、事務所側も、そして候補者も熱狂していたんです。マーケティングがなんたらとか、つまらない議論をはるかに超越して、そこには熱情と本気だけがあったんです。それを抜きに語るのは、むなしいと私は感じます。

 オーディション番組があってマーケティングがあれば成功するほど簡単な世の中ではありません。いまや全世界中の楽曲はフラットです。スマホがあれば、ただちに新作も旧作も聴けます。さらに、プロンプトでAIがボーカル付きの楽曲を創作できるようになっている。それなのに、なぜ偽物のお手軽な音楽を聴きたくなるでしょうか。ホンモノでガチすぎる、ばかやろうたちこそを見たいのです。

 私がダンス&ボーカルのアーティストとしてBE:FIRSTを奇跡と呼んだのは、少年ジャンプ的な汗が、MARVEL的なプロフェッショナリズムに昇華した、まさに奇跡としかいえない軌跡だったためです。

 ちなみにBE:FIRSTには「Shining One」「Brave Generation」といった名作があります。私もXでカバーを披露したほどです。それら曲では、まさに新しいものを生み出そうとしたギリギリでの闘争の果ての生だけがあります。その強度は誰をも圧倒します。そして、それはビジネス論やマーケティングをも超えています。

 つまり今回はBE:FIRSTのビジネス論の形態をとった反ビジネス論にほかなりませんでした。もちろん、それ以上、何が言えるというのでしょうか。対象が奇跡のグループなのだとしたら。

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(2024年04月25日 07時00分 更新)

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