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後藤圭太 ファジ8年間振り返る 魂のDF、人生の第2章へ

すっきりした表情で18年間のプロ生活を振り返る後藤圭太
すっきりした表情で18年間のプロ生活を振り返る後藤圭太
 「魂のディフェンダー」が、今季限りで現役生活にピリオドを打った。サッカーJ2ファジアーノ岡山で通算8シーズンプレーし、現在は日本フットボールリーグ(JFL)のFCティアモ枚方に所属するDF後藤圭太。「正直もう体中が痛く、今年はけがを恐れながらプレーしていた。やり切ったということですかね」。実に18年間にわたりプロの世界で生き抜いてきた36歳はすっきりとした表情で語る。

 2005年にJ1鹿島のユースチームからトップチームに昇格し、ファジアーノ、松本山雅、相模原、FCティアモ枚方を渡り歩いた。貫いてきた信念は「情熱を持って戦い抜くこと」だ。ピッチでは誰よりも声を張り上げ、球際では激しくバトルを繰り広げる。練習試合でも手を抜くことはなかった。「自分はうまくない。とにかく感情を出し、必死でプレーすることが全てだと思ってやってきた」。本能のままがむしゃらに戦う姿に心を熱くしたのは記者だけではないはずだ。
2014年にプレーした時の後藤(後列左端)
2014年にプレーした時の後藤(後列左端)

 ファジアーノでは10~14年、18~20年と過去の所属クラブで最長となる8シーズンを過ごした。「自分にとって特別なクラブで本当に幸せな時間だった。サポーターの応援は心強く、負けても『次、次』『ここからだ』といつも気持ちを前向きにさせてくれた」。ロックバンド「X JAPAN」の「紅」の曲を使った自身の応援歌は今も脳裏に刻まれている。

 ファジアーノ時代に最も印象に残る試合は19年の第40節、アウェー金沢戦(1―1)だという。その1カ月ほど前、3度目となる右膝の手術から約1年ぶりに練習復帰したばかりだった。チームは16年以来のプレーオフ進出に向けた勝負どころで勝利が求められる一戦。「久々のゲーム、勝ち点を積み上げたいチーム状況…。今までで一番プレーするのが恐いと感じた。でも結局勝てず、プレーオフも逃し、今も悔しい思いがある」。リーグ序盤の快進撃で一時首位に立ちながら故障離脱し、順位も下降した18年シーズンも忘れがたいという。
けがからの復帰戦となったアウェー金沢戦=19年11月、石川県西部緑地公園陸上競技場
けがからの復帰戦となったアウェー金沢戦=19年11月、石川県西部緑地公園陸上競技場

 ファジアーノ愛は今も強い。20年のシーズン後にチームを離れた後も試合結果は必ずチェックし、常に気に掛けてきた。「ファジは絶対、J1に上がれる。ずっと応援しています」。かつての背番号3は後輩たちに思いを託している。

 現役ラストシーズンとなった今季は「熱心に自分を誘ってくれた」と言うFCティアモ枚方でベテランらしくチームをけん引。太陽光事業を行うパートナー企業で事務員としても働き、「ピッチ以外で精いっぱい頑張る人たちを見ることができ、勉強になり、刺激になった」と言う。
FCティアモ枚方では背番号「5」をつけてプレーした後藤(FCティアモ枚方提供)
FCティアモ枚方では背番号「5」をつけてプレーした後藤(FCティアモ枚方提供)

 来年4月からは次なる挑戦が始まる。FCティアモ枚方と提携する大阪信愛学院大学で監督に就任し、指導者としての歩みをスタートさせる。「とてもワクワクしている。愛情深く、選手の成長をサポートしたいと思っています」。真っ直ぐな性格で誰からも愛される不屈の男が、サッカー人生の第2章を踏み出そうとしている。

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