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戦後、映画会社・松竹の脚本部に…

 戦後、映画会社・松竹の脚本部に採用された初の女性だった。男性ばかりの職場に入ることへの風当たりは強く、ベテラン脚本家から面と向かって言われたという。「女にホン(脚本)が書けるわけがない」▼橋田寿賀子さんの若き日である。訃報に触れ、自伝「人生ムダなことはひとつもなかった」を手に取ると、面白くてページをめくる手が止まらなかった▼脚本家を志した当初からある思いがあったという。「明治、大正、昭和を生きた女性の物語を書きたい」。きっかけは終戦直後、食料を求めて訪ねた山形県で聞いた話だった。貧しい娘は幼くして奉公に出る時、筏(いかだ)に乗って最上川を下っていく、と▼映像化されたのがNHK連続テレビ小説「おしん」である。1983年に放映されると最高視聴率60%を超え、海外でも人気を博した。苦難の時代を生き抜く姿に、自分の人生を重ねた人が多かったのだろう▼41歳で結婚し、義母ができたことで新しい視点も得たという。「ドラマは家庭の中にある」。夫が出勤した後、台所で脚本を書き、書きながら鍋の火加減を調節した。そんな生活実感が生みだしたのが「渡る世間は鬼ばかり」などの作品だった▼2015年には脚本家として初の文化功労者に選ばれた。橋田さんは大正生まれ。大正から令和までを生きた女性の壮大な物語である。

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