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『永田キング』澤田隆治著 伝説の喜劇人を探索

 
 
 戦前、喜劇王エノケンのライバルとされ、吉本興業の看板スターとして活躍した永田キング。だが一世を風靡したこの芸人の足跡は日本の芸能史に残されていない。テレビ草創期からプロデューサーとして日本のお笑いを牽引してきた著者が、執念の探索で伝説の喜劇人の足跡を追った。今年87歳の著者が10年をかけて上梓した瞠目の労作だ。

 出発点は昭和30年代、舞台上のコントで野球選手の動作をスローモーションで演じる永田キングの芸に著者が刮目した記憶にさかのぼる。半世紀を経てこの異能の芸人を調べようとしたら、全くと言っていいほど記録がない。地を這うような取材が始まった。

 関係者がほとんど鬼籍に入った中、ツテをたどってようやく永田の甥にたどりつく。10年前の年賀状に記された住所を訪ね、ついに一緒にコントをしていた永田の息子3人と奇跡の出会いを果たした。

 吉本興業の出番表や劇場の公演記録、プログラム、新聞広告などを渉猟して戦前の永田の活動を詳細に跡づけ、劇評や漫才台本、出演映画を発掘してその芸の輪郭を伝える。野球選手のモノマネで見せた「スポーツ漫才」、風刺やパロディーを取り入れた「コント漫才」、らせん階段の手すりを逆立ちして下りるアクション芸、自作自演で舞台の芝居を日々変える作劇法。それぞれ斬新で破天荒だった。

 永田の全盛期は日本が中国に侵攻して戦線を拡大した時代だった。興業会社が中国に派遣した戦地慰問団や漫才台本の検閲といった当時の状況を書き込んだ本書は、芸人と戦争との関わりを伝える貴重な資料にもなっている。
戦後、永田の「見せる芸」は進駐軍キャンプで人気を博し、米国のテレビ番組に出演したうえラスベガスやブラジルを巡業する。だが帰国後、テレビ時代を迎えた日本の芸能界に永田の居場所はなかった。著者は言う。先鋭的、独創的な永田キングは「早すぎた男」だった、と。日本の芸能史に新たな1ページが加わった。
(鳥影社 2800円+税)=片岡義博

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