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蒜山で秘密に有毒なガス弾実験 太平洋戦争時 地元博物館長が調査

風が吹いて来た方向を示しながら、目などに異常を感じた時のことを振り返る湯槙さん=真庭市蒜山富山根の福田国民学校跡地
風が吹いて来た方向を示しながら、目などに異常を感じた時のことを振り返る湯槙さん=真庭市蒜山富山根の福田国民学校跡地
前原茂雄館長
前原茂雄館長
 太平洋戦争時、真庭市蒜山高原にあった「蒜山原(ばら)陸軍演習場」でくしゃみなどを引き起こす有毒なガス弾の実験が行われたことが、蒜山郷土博物館の前原茂雄館長(50)の調査で確認された。実験に関わった人物の手記や住民の証言から裏付けたとしており、前原館長は「当時、演習場周辺にはほとんど人が住んでおらず、秘密で危険な演習を行うのに適していたのだろう」と推測する。

 演習場に住民は容易に近づけず、関連資料も終戦後すぐに処分されたとみられており、演習の一端を知る貴重な調査といえる。

 前原館長は、毒ガスが製造されていた大久野島(竹原市)の元技師の手記から1945年4月上旬に蒜山で実験をしたとの記述を発見。中蒜山頂上に向けてくしゃみを引き起こす毒ガス弾の着火・発煙実験をしたとあり、〈試験中途で風向きが変わり、付近の小学校方面に流れ、生徒達が軽度のクサミ臭を感じた事故があった〉と書かれていた。

 実験を裏付ける2人の古老の証言も得た。当時、福田国民学校(真庭市蒜山富山根)に通っていた湯槙増一さん(90)=同市=は「風が吹いてきた途端、頭がカーッとし、目が痛くなってとても開けていられなくなった」と述懐。運動場で朝礼をしていた最中で大急ぎで校内に避難したという。

 学校は演習場の真南にあったことから、前原館長は「同一の事故とみてまず間違いない」とする。

 この事故とは別に、前田慶高さん(85)=同市=は塹壕(ざんごう)に入った防毒マスク姿の兵士たちに向けて丘の上から白いものがまかれるのを友人と目撃した。兵士に叱られて逃げる途中、「2人とも鼻水や涙、よだれが止まらなくなった」と振り返る。

 実験を巡っては、演習場があった旧川上村の村史に、陸軍が36年に地元と結んだ使用契約書に「実弾射撃ノ演習モアレハ瓦斯(がす)演習等モアル」と記載されていた、とも書かれている。

 ただ、実験が行われた期間や回数、規模などの詳細はなお分かっていない。数年がかりで関係者の手記や証言を拾い集めた前原館長は「岡山県最北端ののどかな山村にも『戦争』がごく身近にあった。演習場の全容に少しでも近づけるよう、今後も関係者を探し続けたい」と話す。

 蒜山原陸軍演習場 明治から大正期に設置された軍馬育成場の一部を活用して1935年に開設。複数の兵舎をはじめ司令塔やトーチカ、地下壕(ごう)が築かれ、模擬戦闘などが行われた。部隊は主に西日本から訪れた。終戦後、跡地は国営の開拓地に指定され、農地になった。

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