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(6)表現の革新者 想像広げる「かぐや姫」

「かぐや姫の物語」が米アカデミー賞にノミネートされ、授賞式に出席する高畑監督(左)とジブリで企画を担当した西村義明プロデューサー=2015年
「かぐや姫の物語」が米アカデミー賞にノミネートされ、授賞式に出席する高畑監督(左)とジブリで企画を担当した西村義明プロデューサー=2015年
「かぐや姫の物語」男鹿和雄によるボード((C)2013畑事務所・Studio Ghibli・NDHDMTK)
「かぐや姫の物語」男鹿和雄によるボード((C)2013畑事務所・Studio Ghibli・NDHDMTK)
「かぐや姫の物語」で人物造形・作画設計を担った田辺修さん(倉敷市出身)の作業風景=2013年、スタジオジブリ
「かぐや姫の物語」で人物造形・作画設計を担った田辺修さん(倉敷市出身)の作業風景=2013年、スタジオジブリ
 「ラフでダイナミック。力強いキャラクターも衝撃的で、初めて見た誰もが度肝を抜かれた」

 数々のスタジオジブリ作品を支えてきたアニメーション美術監督の男鹿和雄さん(68)=東京都八王子市=にとっても、その作品の表現手法は驚きだった。

 「かぐや姫の物語」(2013年)。高畑勲監督(1935~2018年)が最後に世に送り出した大作だ。荒々しい線描が躍動する一方、背景は柔らかな水彩で日本の原風景を映し出す。

 技術革新が進み、実写と見違えるほどリアルな描画も可能になった時代に、監督が目指したのは日本古来の絵巻物のような、線画と余白を生かした「描き込まないアニメーション」。半世紀を超える模索の末にたどりついた境地だった。

リアルな演出 

 もっとも高畑監督は早くから、そうした作風を志したわけではない。むしろ逆だった。世界名作シリーズや「じゃりン子チエ」(1981年)でリアルな日常の描写に成功した後、関心は「日本人や日本の風景をいかに忠実に表現するか」へ向かった。

 85年に宮崎駿監督らとジブリを設立すると、その探究は加速する。「火垂(ほた)るの墓」(88年)で実際の日本人の骨格を基にキャラクターを設計し、「おもひでぽろぽろ」(91年)では、アニメ表現になじまない笑い皺(じわ)や頬骨の輪郭まで描き込むなど、現実に即した演出にこだわった。

 男鹿さんら美術陣も進化し、写実的で美しい背景画を極めていく。そうした一方で、「突き詰めたリアリズムは観客を作品世界に閉じ込め、想像を広げる余地を奪うのではないか」。監督の胸中にそんな危ぐが広がった。

対極の世界 

 転機は、コンピューターで彩色などを行うデジタル作画を初導入した「ホーホケキョ となりの山田くん」(99年)だった。表現の自由度が上がった中で、高畑監督が試行したのはリアルとは対極の世界だった。

 原作の素朴な絵柄をそのまま生かし、大胆に余白を残した異色作。「日常的な人間らしさをスケッチし、現実の浮世を想起させたい」。狙いをそう語っている。

 シンプルに見える作風だが、輪郭線や色塗り用の線など3枚の動画を重ねる複雑な工程が必要なため、「作業量は従来の3倍で、ジブリ史上最多の作画枚数となった」と田中千義・事業開発部プロデューサー(56)は振り返る。

 従来のアニメーションと一線を画したこの作品を経て、「かぐや姫の物語」でさらに表現を飛躍させていく。

感情を線で 

 髪を振り乱し、鬼気迫る形相で疾走するかぐや姫。束縛される都の生活に怒りを爆発させる様を、荒々しい線の渦で描いたシーンは、高畑監督が最も試したかった表現の一つだ。同作では、勢いのある絵コンテの筆致を生かし、感情の起伏までも線の強弱や濃淡で表そうと挑んだ。

 ただ製作現場の苦労は並大抵ではなかった。通常は均一である人物や建物の描線が刻々と変化する上、「山田くん」と比べても格段に複雑な絵柄が求められた。田中プロデューサーは「描線の濃淡の変化やぶれを、動画で自然に表現することに作画スタッフは相当苦心していた」。

 美術担当の男鹿さんは、全編を通じて余白を生かしつつ、里山の四季の移り変わりを丁寧に紡ぐことに心を砕いた。「地球の生命力を表現し、月へ帰る姫の『ここに残りたい』との願いに説得力を与えるためだった」と、高畑監督の意図を説明する。

 製作期間8年。心血を注いだ大作は、米アカデミー賞長編アニメ賞にノミネートされるなど国内外で高く評価された。この後、同作品の手法を取り入れ長編製作に挑むクリエーターが各国に現れ、映像研究家の叶精二さん(54)=横浜市=は「監督の生み出したアニメーションの新たな潮流が世界に広がっている」と指摘する。

 集大成である「かぐや姫」は、高畑監督の遺作となった。だがアニメーション表現の革新者の遺伝子は、次代へ確実に受け継がれている。

作品データ
 かぐや姫の物語 2013年。原案・脚本・監督高畑勲。「竹取物語」をベースに、企画から完成まで8年の歳月をかけて映画化。姫がなぜ地球に来て、去らなければならなかったのかを、監督独自の解釈で描いた。アニメーターの田辺修、美術の男鹿和雄を中心に日本を代表するアニメーション製作スタッフが結集した。(敬称略)

(2020年04月02日 09時29分 更新)

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