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言いたいことが言えない世の中は

電車内に立ったままの妊婦さんに気づいても、声を掛ける勇気がなくて席を譲れなかった…。そんな経験がある人は多いのではないでしょうか
電車内に立ったままの妊婦さんに気づいても、声を掛ける勇気がなくて席を譲れなかった…。そんな経験がある人は多いのではないでしょうか
 私は、テレビのニュースをみることと、新聞を読むことが好きです。記事から人の心模様を読み取ることができるので、心理学を教えるための素材(ネタ)として使うためでもありますが、日々の出来事を知るのが面白く、私にとってはツッコミを入れる時間にもなっています。

 先月、私の心の中で二つのニュースにチェックが入りました。

 一つは、電車内で痴漢に遭った被害者が、スマホの専用アプリから車掌に通報するシステムの実証実験をJR東日本が始めたニュースです。車掌が通報を確認後、車内放送で注意を呼びかけ、他の乗客にも伝えることで、痴漢の抑止につなげたいという内容でした。

 もう一つも電車内の出来事に関連したもので、席を譲りたくても勇気がなくて声をかけられない人たちのために「席ゆずりますマーク」が販売されているといったニュースです。カバンに付けておき、それを見てもらうことで暗に伝える仕組みです。同様のアプリもあると紹介されていました。

 痴漢対策アプリは、痴漢に遭った際に声を出しにくいのは理解できますし、遠隔通報によって車内アナウンスされることがあると分かれば痴漢行為の抑止になるでしょうから、良い取り組みなのだろうと思います。

 ゆずりますマークについても、妊娠していることを示す「マタニティーマーク」や、障害などで支援を必要としていることを知らせる「ヘルプマーク」が話題になって久しく、必要とされる人と提供してもいいという人との双方向性をつくり出すことは悪い取り組みだとは思いません。
 
 ですが、どこか引っかかるのです。

 両方とも、困っていることも、優しさを伝えることも、どちらもすぐ目の前にいる人、すぐそばにいる人に言葉で伝えられないという点で共通しています。

 世の中を見渡してみると、言いたいことをどんどん言う人が目立っています。ネット上でも直接でも、クレームに関する報道をよく見かけます。文句は大声で言えるのに…と感じます。

 「沈黙は金、雄弁は銀」「言わぬが花」「言わぬは言うにまさる」。このように、話さないことの方が評価されるということわざがありますが、それは時と場合を選べという意味だと私は理解しています。

 そうすると、上のいずれの状況は、まさに言うべき時にあたります。その肝心な時に肝心なことが言えない。遠回しにしか伝えられない。すぐそばの人に痴漢被害の助けを求められない。なんだか悲しいなあと思うのです。

 こうした直接的ではない形で伝える方法は、日常のさまざまな出来事にも反映されているのではないでしょうか。

 ちなみにカウンセリングでは、自分の気持ちを言葉にすること(「言語化」と呼んでいます)、思っていることをはっきりと口に出して自分自身と相手に伝えることが、健康的なコミュニケーションの第一歩だと考えています。そのためには、お互いを尊重し、信頼ある関係性がなければできません。すべての人と信頼関係を築くのは難しいことでしょうが、同じ人として、もう少し助け合える世の中になることを願わずにはいられない二つのニュースでした。

 ◇

 小畑千晴(おばた・ちはる)岡山県立大客員准教授。臨床心理士。武庫川女子大学大学院修了後、岡山大学男女共同参画室助教。ドメスティックバイオレンス、摂食障害、女性の両立問題などをテーマに研究を行う。2016年~18年度は徳島文理大学心理学科准教授。1973年岐阜県生まれ。

(2020年03月26日 15時30分 更新)

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