山陽新聞デジタル|さんデジ

(3)仏巨匠の作品に衝撃 進路決定づけた

大学時代の高畑監督(左端)。東京に出た後も仲が良かった山本一郎さん(中央)らと音楽や映画、哲学などの話題で盛り上がった
大学時代の高畑監督(左端)。東京に出た後も仲が良かった山本一郎さん(中央)らと音楽や映画、哲学などの話題で盛り上がった
「王と鳥」のブルーレイジャケット(価格Bluーray¥4,800+税 発売元・販売元 株式会社KADOKAWA)
「王と鳥」のブルーレイジャケット(価格Bluーray¥4,800+税 発売元・販売元 株式会社KADOKAWA)
かつて東京都新宿区市谷加賀町にあり、高畑監督が大学時代の最後に住んだ旧岡山県育英会東京寮
かつて東京都新宿区市谷加賀町にあり、高畑監督が大学時代の最後に住んだ旧岡山県育英会東京寮
 1958年。当時、東京大仏文科4年生だった高畑勲監督(1935~2018年)の言葉を、同じ学生寮にいた映画友達の砂田義典さん(82)=倉敷市=は今もはっきりと覚えている。

 その日、二人が新宿の名画座で見た作品は「やぶにらみの暴君」。フランスの巨匠ポール・グリモー監督と詩人で脚本家のジャック・プレヴェールが手掛けた、高い芸術性と現代社会への風刺が織り込まれたアニメーション映画だ。

 ひとことも発せず画面を凝視していた高畑さんは、映画館を出た後、砂田さんを喫茶店に誘った。席について開口一番。

 「僕はアニメーションをするよ」

映画にはまる 

 岡山・朝日高時代から東京大を卒業するまでの間、高畑監督は好きな映画や音楽にどっぷりとはまったようだ。朝日高の同級生には後に松竹に入って青春映画などを手掛けた水川淳三監督(笠岡市出身)らもいて、教室は映画談議で盛り上がった。

 「望郷」「誰がために鐘は鳴る」―。中学校から同じクラスで、一緒に映画館通いをした岩島富士江さん(84)=東京都=は「仲間で映画会と称して2本立て、3本立てをよく見に行った」と懐かしむ。同級生の弁護士一井淳治さん(84)=岡山市=も「高畑君も映画監督になると思っていた」と振り返る。

 音楽や美術にも傾倒した。岩島さんの兄・故山本一郎さんはクラシック好きで、仲の良かった高畑監督らは現在の岡山市北区南方にあった山本家に集い、日本ではまだ有名ではなかったドビュッシーの弦楽四重奏曲などのレコードを一晩中聞いていた。

 倉敷市の大原美術館にも少年時代から通ったらしく、晩年に同館を訪れた際には、同行した岡山映画鑑賞会のメンバーに「私の原点はここ」と語り、昔の展示作品の並びまで正確に覚えていたという。

そうそうたる人々 

 大学進学で東京に出た高畑監督の周囲には、戦後の文化界に名をはせるそうそうたる人々が集っていた。

 新入生で入った東京大駒場寮では、1年先輩で、後に伊藤若冲研究などで知られる日本美術史家辻惟雄さん(87)=神奈川県鎌倉市=と同室になった。ともに寮の美術サークルに所属し、写生会や作品展示も行った。

 辻さんは、当時の高畑さんを「まじめでおとなしい新入生で、それほど強い印象はなかった」と語るが、千葉市美術館長時代に2人は協力して絵巻とアニメの展覧会を開くなど、付き合いは長く続いた。3年で進んだ仏文科には、在学中に文壇デビューを果たすノーベル賞作家、大江健三郎さんが同級生にいた。

 岡山県出身者が入る学生寮・備中館(文京区)を経て、学生最後の1年間は、旧岡山県育英会東京寮(新宿区)で、早大生だった砂田さんらと過ごした。寮住み込みの管理人には、瀬戸内市出身の人形師竹田喜之助さん(1923~79年)がいて、高畑監督は「さまざまな知り合いを招いて、寮の学生に世の中や社会人の話を聞かせてくれる企画をしてくれた」と回顧している。

無限に広がる 

 刺激に満ちた学生生活の中で、専攻のフランス文学をはじめ音楽、美術、哲学など多様な分野に関心を深めた高畑監督。だが「やぶにらみの暴君」のインパクトは絶大だった。

 「洗練された色彩と絶妙の遠近法が生み出す不思議な空間の魅力、奇想天外なアイデアの連鎖(中略)。これをもし見ていなければわたしはアニメーションの道に進むことはなかった」。著書「漫画映画の志」で、自身の進路を決定づけた名作をそう表現している。

 学生仲間には「絵を描かない高畑君がどうやってアニメを作るのか」と心配する声もあったというが、砂田さんは「実写では限界のある表現が、アニメーションならアイデア次第で無限に広がる、と考えたのでしょう」と思いをはせる。

 そして59年、高畑監督は多くの同志らと出会う東映動画(現東映アニメーション)の門をたたく。

【作品データ】
 やぶにらみの暴君 ポール・グリモー監督、ジャック・プレヴェール脚本で1947年に着手するが、製作の遅れからプロデューサーが勝手に完成させ、53年に公開する。両者は作品の差し押さえ訴訟を起こすが認められず、グリモーは79年に「王と鳥」と題名を改め、新たな作品として完成させた。「王と鳥」は高畑監督が字幕翻訳を手掛け、2006年に日本で初めて劇場公開した。

(2020年03月22日 10時10分 更新)

あなたにおすすめ

ページトップへ