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「東洋の魔女」監督の書、井原に 情熱伝わる「為せば成る」

大松さんが寄贈した直筆の書。最後の指導をした体育館に飾られている=井原高南校地
大松さんが寄贈した直筆の書。最後の指導をした体育館に飾られている=井原高南校地
大松博文さん
大松博文さん
 1964年東京五輪で金メダルを獲得したバレーボール女子日本代表の監督だった故大松(だいまつ)博文さん=享年(57)、香川県宇多津町出身=は42年前、バレー教室のため訪れた井原市で急逝した。その名将直筆の書が、最後の指導の場となった同市の井原高南校地(旧精研高)の体育館に残されている。競技への情熱が伝わるような筆遣いで「為(な)せば成る」と大書され、同校は2度目の東京五輪を前に「大舞台に挑む選手へのエールのよう。書の存在を多くの人に知ってほしい」と話す。

 大松さんは「東洋の魔女」と呼ばれたチームを強いリーダーシップで鍛え上げたことで知られる。書は縦約50センチ、横約135センチで大松さんの知人が精研高にいたことから77年に贈られた、との記録が残る。「鬼の大松」の異名を持つ監督らしく豪快な筆致。脇には「為 岡山県立精研高等学校 大松博文」と記されている。

 同校によると、体育館の完成記念で贈呈され、入り口に掲げられてきた。ただ年月の経過とともに誰の揮ごうかや書のいわれを知る人はいなくなった。昨年12月、外部の指摘で大松さんの書と判明し「まさかと思った。全く気付かなかった」と三藤圭史校長。急いで史料を調べたという。

 大松さんは第一線を退いた後、全国を指導行脚した。精研高体育館で生徒らにトスやレシーブを教えたのは、書の寄贈から1年後の78年11月23日。その夜、井原市の旅館で体調が急変、市内の病院に運ばれたが帰らぬ人となった。当時2年生の亀山由美子さん(58)=倉敷市=は両手で次々とボールを投げるなど指導の様子をよく覚えている。「『もっと腰を落とせ』と叱られた。今思うと夢のような時間だった」

 5月に岡山県内を巡る東京五輪聖火リレーの出発点は井原市。三藤校長は56年ぶりの国内開催となる夏季五輪に思いをはせ「大松監督の最期の地から聖火リレーが始まるのは不思議な縁を感じる」と言う。

(2020年03月22日 14時09分 更新)

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