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「日常の足」と「運転への不安」 高齢者事故多発県・香川の取り組み

障害物の手前で自動ブレーキが作動し、停車したサポカー。乗り込んだ高齢者らが安全機能を体感した=2月16日、高松市
障害物の手前で自動ブレーキが作動し、停車したサポカー。乗り込んだ高齢者らが安全機能を体感した=2月16日、高松市
香川県警がまとめた県内交通事故発生状況のデータ。右上のグラフが事故件数や死傷者数が減少傾向であることを示す一方、中央のグラフからは高齢ドライバーによる事故と死者数が増えていることが見て取れる
香川県警がまとめた県内交通事故発生状況のデータ。右上のグラフが事故件数や死傷者数が減少傾向であることを示す一方、中央のグラフからは高齢ドライバーによる事故と死者数が増えていることが見て取れる
「高齢者の事故をいかにして防ぐか」をテーマに開かれたシンポジウム=2月16日、高松市
「高齢者の事故をいかにして防ぐか」をテーマに開かれたシンポジウム=2月16日、高松市
高齢者宅を訪れ、交通ルールの徹底を呼び掛けるセーフティアドバイザー(左)=香川県警提供
高齢者宅を訪れ、交通ルールの徹底を呼び掛けるセーフティアドバイザー(左)=香川県警提供
ちらしを配り夜光たすき着用を訴えた日本損害保険協会四国支部の街頭キャンペーン。香川県内では事故撲滅に向けた官民の取り組みが盛んに行われている=2018年9月、高松市
ちらしを配り夜光たすき着用を訴えた日本損害保険協会四国支部の街頭キャンペーン。香川県内では事故撲滅に向けた官民の取り組みが盛んに行われている=2018年9月、高松市
運転免許の自主返納者向けの優遇制度を紹介する香川県ウェブサイト。魅力的な特典がそろうが、買い物や通信などで車を手放せない高齢者は多い
運転免許の自主返納者向けの優遇制度を紹介する香川県ウェブサイト。魅力的な特典がそろうが、買い物や通信などで車を手放せない高齢者は多い
「産官学民連携で地域の実情に合った交通政策を考えなければならない」と話す肥塚香川大法学部教授
「産官学民連携で地域の実情に合った交通政策を考えなければならない」と話す肥塚香川大法学部教授
 全国各地から連日、痛ましい交通事故のニュースが飛び込んでくる。中でも近年クローズアップされているのが、高齢ドライバーによる重大事故だ。他の年代に比べ、ハンドル操作やペダルの踏み間違いなど単純な運転ミスが目立っており、高齢化とともに高齢ドライバーが増え続ける中、その事故防止対策は岡山県内でも待ったなしの課題と言える。全国ワーストクラスの「高齢者事故多発県」とされる香川県で2月に開かれたシンポジウムをさんデジ編集部記者が取材。事故の現状や特徴、撲滅に向けた関係機関の取り組みをリポートする。

■サポカー購入補助金 全国に先駆けて創設


 「ぶつかる!」。思わず肩をすくめた瞬間、車はぴたりと止まり、車内に自動ブレーキ作動を示す警報音が鳴り響いた。2月16日、香川大幸町キャンパス(高松市)で行われた安全運転サポートカー(サポカー)の試乗会。高齢者ら約70人が順番に助手席や後部座席に乗り込み、ペダル踏み間違いによる急発進防止機能などを確認。VR(仮想現実)による運転シミュレーションも体験した。

 この日初めてサポカーに乗った高松市の男性(79)は「これまで無事故できたが、年のせいか運転中にヒヤッとすることが増えてきた。買い物や通院などに車は欠かせず、事故防止のためには(サポカー購入が)選択肢の一つになると思った」と感心した様子。「過去にギアを入れ間違えて衝突しそうなことがあった」という坂出市の主婦(41)は「そんな私以上に70代の両親の運転が心配。ぜひ勧めたい」と話した。

 高齢者からハンドルを奪うのではなく、最新技術を生かして事故防止を図る-。こうした発想から同県は2016年度、全国に先駆けてサポカー購入補助制度を創設した。65~80歳が新車を購入する際は、一律3万円を受けられる仕組みで、これまでに計約7000台分で受け付けた。ただ安全運転支援システムは一定の条件下でなければ作動しないことから、同県は同時に「過信することなく、まずは安全運転の徹底を心掛けてほしい」(くらし安全安心課)との呼び掛けも強めている。

■10万人あたり死者 全国ワーストクラス


 同県が、高齢者事故防止対策を「県政の喫緊の課題」と位置づけるのには理由がある。1982年以降、高齢者人口10万人あたりの交通事故死者数が全国ワースト1桁となったのは実に30回。昨年1年間を見ても、高齢ドライバーが過失の重い「第1当事者」となった交通事故は1072件(全事故の29・7%)発生、18人が亡くなった。過去5年で見ると死者数は最多で、全事故に占める割合も21・1%から一貫して伸び続けている。こうした実情に、県警は「恒常的な高齢者事故多発県」と認めざるを得ない。

 もともと同県内では、高齢者が被害者となる事故が目立っていた。“島国”ゆえに人々の生活圏は狭く、国内でモータリゼーションが加速した昭和40年代も運転免許取得者が少なかったといい、その後長らく「交通安全教育を受けた経験のない高齢者が、無理な道路横断中に事故に遭うケースが多かった」と県警交通部の岡田知春部長は言う。平成初期にかけて公共交通機関が衰退し、マイカーが移動手段の主流になっても歩行者の安全確保策は立ち後れたまま。ハード面が改善された近年は、身体能力が劣る高齢ドライバーが加害者となる事故が社会問題化してきた。

 県警交通企画課の大森一憲課長補佐は「程度の差はあるが、これらは決して香川県だけの問題ではない」とみる。全国的に見ると事故発生件数は減っているが、高齢ドライバーが引き起こす事故は高止まり。昨年4月には当時87歳の男性が運転する車が東京・池袋で暴走して母子の命を奪うなど悲惨な事故は岡山県内を含めて全国的に後を絶たず、「多発県・香川」の苦悩は決して“対岸の火事”ではない。

■低い県民意識 交通ルール徹底されず


 2月16日のサポカー試乗体験会に続き、屋内に会場を移してシンポジウムが行われた。パネルディスカッションのテーマは「香川県における高齢者の交通事故発生をいかにして防ぐか」。登壇した県や県警、県交通安全母の会の担当者らがそれぞれの立場から事故撲滅に向けた取り組みを紹介。会場を埋めた約240人が聞き入った。

 具体的には、セーフティアドバイザー(県警OB)が高齢者宅を一軒一軒回り、交通安全指導を行う「高齢者世帯訪問活動」の原型は2000年にスタート。また、県警が02年に始めた動画教材の作製事業も当時は全国初の取り組みとして注目されたという。免許更新時の独自講習や、地元の各種団体・ボランティアらと連携した啓発活動のほか、一時停止表示をカラー化したり、路面の一部を盛り上げて走行速度を抑制したりもしていることなども取り上げられた。


 さまざまな取り組みが先駆的、継続的に行われているにもかかわらず、なぜ香川県は全国ワーストクラスのままなのか-。「高松市に着任して2年がたつが、ウインカーを出さない、あるいは出すタイミングが遅いのは間違いない」とヒントを示したのは、日本損害保険協会四国支部委員会の吉田修委員長。「安全な完全自動運転が実現するには時間がかかり、事故ゼロへの道のりは遠い」として任意保険加入の必要性を訴えるとともに、高齢者を含む全県民に交通ルール順守を粘り強く求めていくきだとの考えを示した。

■地域づくり視点から「産官学民」連携を


 同県は、運転に不安がある高齢者が運転免許を自主返納しやすい環境づくりにも力を入れている。返納者に、タクシーや路線バスのほか、スーパー、コンビニなど県内約1000店で、料金割引やポイント加算のサービスを受けられる優遇制度を提供。利用者に好評で、自主返納者は制度導入時(16年度)の3290人から年々増加。昨年は5538人となった。

 とはいえ、県内で運転免許を持つ高齢者は18万5千人(18年末現在)。返納者の割合はこの2~3%程度。東京などの大都市圏とは違い、公共交通機関が乏しいエリアが多い県内では日常の足として車を手放せないケースが圧倒的。運転に対する不安と、生活上の必要性とのはざまで揺れる高齢者の姿が浮かび上がってくる。

 生活への影響を最小限にするには、コミュニティーバスや乗り合いタクシーの運行、車を共同利用するカーシェアリングで外出を支援するなど代替の足の確保が不可欠だ。シンポジウムのコーディネーターを務めた肥塚肇雄香川大法学部教授は「高齢者や子どもといった交通弱者が安全、安心に暮らせる地域づくりを進めるには、産官学民連携による啓もう活動や技術的支援が欠かせない。コミュニティーを濃密にしながら、住民がどう考えるかに基づいて政策を進めてほしい」と提言した。

(2020年03月17日 14時00分 更新)

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