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フィルムで観るアイドルは格別 時間足りずミニトークは不完全燃焼

人生の先輩たちを前にミニトーク。時間が足りず不完全燃焼の筆者(左)と江見さん
人生の先輩たちを前にミニトーク。時間が足りず不完全燃焼の筆者(左)と江見さん
懐かしのアイドル映画にぴったりのフィルム映写機。機械音もフィルムの傷も味がある
懐かしのアイドル映画にぴったりのフィルム映写機。機械音もフィルムの傷も味がある
 前回案内させていただいた岡山県天神山文化プラザ主催の「35mmフィルムで観る 時代を彩るアイドルたち」上映会が、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、様々な催しが中止になる中、2月22日に無事に開催された。今回は、その日の様子をレポートしてみたい。

 会場に入ると、前日にスタッフのNさんが夜遅くまでかかってセッティングしてくれた、うちの店から提供した上映作品関連のポスターとパンフレット、レコードが目に飛び込んでくる。なかなか良く出来た展示だ。そこで記念写真を撮っている方を何人か見かけた。うれしかった。当日は朝から雨という悪条件だったが、年配の方々を中心に、ロビーは入場を待つ方々であふれていた。

 そして午前10時、大林宣彦監督+原田知世の『時をかける少女』(1983)の上映がスタート。過去何度もビデオとDVDで鑑賞していたが、フィルム上映というせっかくの機会だったので、あえて最後尾の映写機の横の席を確保して鑑賞した。

 1983年の初公開以来のフィルムでの鑑賞は、何事にも代えがたい幸福な時間だった。大林監督お得意の、コマ落とし、CGのない時代の手作り特撮とアニメーションは、やっぱりフィルム上映が良く似合う。原田知世が歌う「時をかける少女」に合わせて、キャストとスタッフが総出演して一緒にリズムをとるラストシーンの幸福感に、自然と熱いものがこみ上げてきた。

 「ガーガー」というフィルムの回る音が、観ている1時間45分の間、本当に心地よかった。出張上映スタッフのフィルム切り替えのタイミングも絶妙だったし、その際に見られるフィルムの傷も懐かしかった。この傷が良いのだが、以前にクレームを付けてくる客がいたそうだ。考えてみれば、当時は映写機は映写室にあり、関係者以外はフィルムを見る機会がないのだから、それも当たり前か。

 上映が終わって1時間の休憩。ロビーには、出店ブースがあり、昼食はここで調達。高梁市宇治町の「もち麦甘納豆おこわ」と久米郡久米南町の「ゆずコロッケ」を購入。朝から4本制覇するという、私の映画の師匠Kさんと一緒にいただく。「うまい!」。特に「ゆずコロッケ」は絶品で、もう一つおかわりした。雨も上がったようで、次々とお客さんが入って来る。いい光景だ。

 ランチタイム後の午後零時45分から宮沢りえ『ぼくらの七日間戦争』(1988)、午後2時35分から山口百恵『伊豆の踊子』(1974)の上映が行われた。

 そして、午後4時10分からいよいよ、私と山陽新聞夕刊「映画漫談シネじいひとり旅」執筆者の江見肇さんとのミニトーク。タイトルが「上映映画を楽しむためのミニトーク」とあるので、昭和のアイドル、特に1970年代から1989年までのアイドルについて、このひと月かけて本気で資料を読みあさってきた。下準備はばっちりだった。

 「当日楽しみにしているよ」という数人の友人知人の声が事前にあったので、それも含めて「10~20人ぐらい集まればいいですよね?」と江見さんとも話していたのだが、トーク参加者のために用意された椅子が、どんどんと埋まっていくではないか。それも、どう見ても70代から80代の人生の先輩たちが大半を占めている。主催者発表で120人だった!
「これはヤバイ」と思わずつぶやいてしまった。

 自分と同年代の60代前後の人たちが大半だろうと勝手に予想していたので、1970年代以降の昭和アイドルしか勉強していない。「この世代の方々には通用しないんじゃないかしら」と不安だらけでスタート。前回のコラムに書いたように、今回上映の『伊豆の踊子』(1974)は6回目の映画化なので、まずは過去の5作品について解説する。

 最初の映画化が1933年のサイレント映画『恋の花咲く 伊豆の踊子』で、主演が田中絹代、相手役が大日方傳という解説に、会場がざわつく。「おっ、ちょっといけるかも」と内心ほくそ笑む。次が1954年の松竹映画で、主演が美空ひばりと石浜朗。ここでも会場がざわつく。その次が1960年の松竹映画で、主演が鰐淵晴子と津川雅彦。1963年の日活映画は吉永小百合と高橋英樹。1967年の東宝映画は内藤洋子と黒沢年男。この内藤洋子版が私も江見さんも一番のお気に入りだったので、ちょっと詳しく解説。そして山口百恵と三浦友和版について、2人が共演することになったいきさつを中心にした作品の豆知識を披露。この日一番の反応があり、さあさらに詳しくと思っていたら、ここで残り15分の合図が。その時間で残る3作品を解説せねばならない。全く時間が足りない。あせる。

 このトーク後の午後4時45分から、松田聖子『野菊の墓』(1981)の上映があるので、山口百恵引退の年1980年に、「第2の山口百恵」としてデビューした松田聖子について、ちょっと詳しく解説。予想通り、反応は今ひとつだったかな。後半の15分は駆け足での解説になったので、反省ばかりが残った。やはり4作品を30分で解説するというのは、至難の業だ。

 主催者によると、4作品の入場者数は延べ約530人。平均約130人。最も人気があったのは、やはり『伊豆の踊子』だった。昨年の上映企画よりも今回の企画の方が入場者数が多かったとの報告を受けて、安心する。ミニトークがどれだけ観客動員に貢献したのかは分からないけれど、休憩時間のちょっとした暇つぶしにはなったかな。

 せっかく、昭和のアイドルについて勉強したので、ここで簡単にまとめておきたいと思う。

 そもそもアイドルの定義だが、ネットで調べると、「偶像」とか、「熱狂的なファンを持つ人」とか、「時代を作り、人々の心を満たす役割をする人」とかあるが、簡単に言えば「若い人たちに絶対的な人気のある10代の男女タレントや歌手」ですね。

 日本最初のアイドルは美空ひばりと言われているけど、当時は「人気スター」と呼ばれていた一方、海外では、エルビス・プレスリーやザ・ビートルズが「アイドル」と呼ばれていた。個人的には、シルビー・バルタン主演のフランス映画『アイドルを探せ』(1963)が公開されたのがきっかけで、日本に「アイドル」という呼称が浸透していったと思われるのだけれども。

 そして日本では、1970~1980年代に数々の「アイドル映画」が生まれた。「アイドル映画」が日本映画のジャンルのひとつとしての地位を占めたのがこの時代だった。

 以下、「A級アイドル」と呼ばれる人たちが、10代の時に出演した作品を列挙してみる。

 「1970年代」
郷ひろみ 『急げ!若者』(1974)
西城秀樹 『愛と誠』(1974)『おれの行く道』(1975)
野口五郎 『再会』(1975)
ピンクレディー 『ピンクレディーの活動大写真』(1978)
山口百恵 『伊豆の踊子』(1974)『潮騒』(1975)『絶唱』(1975)『エデンの海』(1976)『風立ちぬ』(1976)『春琴抄』(1976)『泥だらけの純情』(1977)『霧の旗』(1977)『ふりむけば愛』(1978)『炎の舞』(1978)
桜田淳子 『スプーン一杯の幸せ』(1975)『遺書 白い少女』(1976)『愛情の設計』(1977)『若い人』(1977)『愛の嵐の中で』(1978)
森昌子 『どんぐりっ子』(1976)『お嫁に行きます』(1977)
浅田美代子 『あした輝く』(1974) 『しあわせの一番星』(1974)
木之内みどり 『野球狂の詩』(1977)
松本ちえこ 『博多っ子純情』(1978)
岡田奈々 『青春の構図』(1976) 『暴力戦士』(1979)
石野真子 『九月の空』(1978)

「1980年代」
松田聖子 『野菊の墓』(1981)『プルメリアの伝説 天国のキッス』(1983)『夏服のイヴ』(1984)『カリブ愛のシンフォニー』(1985)
たのきんトリオ(近藤真彦・田原俊彦・野村義男) 『スニーカーぶる~す』(1981)『ブルージンズメモリー』(1981)『グッドラックLOVE』(1981)『ハイティーン・ブギ』(1982)『ウィーン物語ジェミニ・YとS』(1982)『三等高校生』(1982)『嵐を呼ぶ男』(1983)『Love Forever』(1983)
薬師丸ひろ子 『野性の証明』(1978)『翔んだカップル』(1980)『ねらわれた学園』(1981)『セーラー服と機関銃』(1981)『探偵物語』(1983)『里見八犬伝』(1983)『メイン・テーマ』(1984)『Wの悲劇』(1984)
原田知世 『時をかける少女』(1983)『愛情物語』(1984)『天国にいちばん近い島』(1984)『早春物語』(1985)『私をスキーに連れてって』(1987)
渡辺典子 『伊賀忍法帖』(1982)『積木くずし』(1983)『晴れ、ときどき殺人』(1984)『いつか誰かが殺される』(1984)『結婚案内ミステリー』(1985)
中森明菜 『愛・旅立ち』(1985)
小泉今日子 『十階のモスキート』(1983)『生徒諸君!』(1984)『ボクの女に手を出すな』(1986)
堀ちえみ 『潮騒』(1985)
早見優 『KIDS キッズ』(1985)
少女隊 『クララ白書・少女隊PHOON』(1985)
セイントフォー 『ザ・オーディション』(1984)
おニャン子クラブ 『おニャン子 ザ・ムービー危機イッパツ!』(1986)
斉藤由貴 『雪の断章 -情熱-』(1985)『恋する女たち』(1986)
中山美穂 『ビー・バップ・ハイスクール』(1985)『どっちにするの。』(1989)
南野陽子 『スケバン刑事』(1987)『はいからさんが通る』(1987)
浅香唯 『スケバン刑事 風間三姉妹の逆襲』(1988)『YAWARA!』(1989)
本田美奈子 『パッセンジャー 過ぎ去りし日々』(1987)
後藤久美子 『ラブ・ストーリーを君に』(1988)『ガラスの中の少女』(1988)
森高千里 『あいつに恋して』(1987)
宮沢りえ 『ぼくたちの七日間戦争』(1988)『どっちにするの。』(1989)『豪姫』(1992)『エロティックな関係』(1992)

 以上が、「A級アイドル」たちの10代の時に出演した映画リストだ。山口百恵が突出したアイドルであったことが、一目瞭然であります。

 一方で、「A級アイドル」だったキャンディーズが、ザ・ドリフターズの作品にゲスト出演のみ、河合奈保子にいたっては映画出演はないという、意外な事実もあった。

 10代アイドル時代から30年以上経った現在でも活躍中の、薬師丸ひろ子、宮沢りえ、原田知世、小泉今日子、斉藤由貴、中山美穂といった人たちの原点となった作品を、現在の視点で見直してみると、色々と新しい発見があり、楽しいものです。機会があれば、ぜひチャレンジしてみてください。

 さて、3年間続いたこのコラムですが、今回をもちまして終了することになりました。拙い文章にお付き合いいただき感謝申し上げます。

 実は、書きたくても書けなかった、あんなことやこんなことがたくさんありました。「シネマコレクターズショップ映画の冒険」は、岡山駅西口の奉還町商店街アーケードの中にあります。ほぼ年中無休で営業しています。お近くにお越しの際は、ぜひともお立ち寄りください。ご要望があれば、書けなかった秘話をたっぷりとお話しさせていただきますので。
3年間本当にありがとうございました!

 ◇

吉富 真一(よしとみ しんいち) 映画グッズ専門店「シネマコレクターズショップ映画の冒険」店主。中学生の時、アラン・ドロンとテレビの洋画劇場の魅力に取り付かれる。映画研究部に入りたくて、一浪して1977年岡山大学法文学部経済学科に入学。ビデオのない時代に、年間200-300本を鑑賞。1996年39歳で脱サラして、大学時代通いつめた岡山市奉還町で開業。1957年、総社市の総社東映と同じ町内生まれ。

(2020年02月27日 15時23分 更新)

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