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江戸期水害の伝承記した看板 勝央の住民有志が設置 記憶後世に

江戸時代の水害の伝承を記した看板=勝央町平
江戸時代の水害の伝承を記した看板=勝央町平
江戸期水害の伝承記した看板 勝央の住民有志が設置 記憶後世に
 江戸時代に岡山県勝央町を襲った水害の記憶を後世に残そうと、同町平地区の住民有志でつくる「たいら村歴史調査会」は、災害の伝承を記した看板を作った。地区を流れる滝川近くの神子免(みこめん)坂入口に設置し、豪雨災害への警鐘を鳴らしている。

 看板は地区に伝わる「矢太郎松」の伝承を記述している。会によると、1715(正徳5)年ごろ、大雨により滝川が氾濫。神子免坂にかつて立っていた大きなマツの上部にまで水が達し、溺死した矢太郎という人物の亡きがらが枝に引っかかっていたという。大災害だったと言い伝えられているが、勝央町誌にも詳しい記述はなく、被害の全容は不明。マツは矢太郎松と呼ばれ、約60年前まであった。

 風化を懸念する会員が矢太郎松を知る町民へ聞き取りをするとともに、マツの近くに矢太郎のものと思われる墓石があるのを改めて確認し、手作りの木製看板(高さ2メートル)を取り付けた。

 勝央町史によると、滝川は大正、昭和期にも氾濫した。この半世紀余りは大きな被害は出ていないというが、植月輝一郎代表(86)は「災害は忘れたころにやって来る。過去の教訓を風化させず、住民が災害へ備えるきっかけになれば」と話している。

(2020年01月19日 17時08分 更新)

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