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震災と豪雨、2度の被災乗り越え 真備町の木山さん 防災に尽力

地元で開かれる防災イベントの事前打ち合わせに加わる木山さん(中央)=10日、倉敷市真備町川辺
地元で開かれる防災イベントの事前打ち合わせに加わる木山さん(中央)=10日、倉敷市真備町川辺
 25年前に阪神大震災に遭い、その後、西日本豪雨で深刻な浸水被害を受けた男性が倉敷市真備町地区にいる。木山勝之さん(64)=同町地区。2度の被災体験を経て防災士の資格を取り、「自分にしか伝えられないことがあるはず」と地域防災に力を注いでいる。

 1995年1月17日、兵庫県西宮市にあった勤務先の社宅で家族4人が就寝中、体を突き上げられる激しい衝撃で跳び起きた。外に出ると、見慣れた街の風景が一変していた。

 1階部分が押しつぶされた民家やビル、路面が裂けて1メートル近く隆起した道路、あちこちで上がる火の手、そして600メートル以上にわたって倒壊した高速道路の橋脚…。鼻を突くガス臭とけたたましい消防車のサイレン、断続的に続く余震に身がすくむ思いだった。

 震災では西宮市だけで千人以上が犠牲となった。木山さんの家族にけがはなかったが、小学生だった長女の同級生の中には亡くなったり、精神的ショックで不登校になったりした子もいた。

 3年後、会社に転勤希望を出して古里の真備町に戻った。「それでも震災のつらい記憶はなかなか拭えなかった」。建設中の高速道路を見て震災の光景がフラッシュバックし、恐怖がよみがえった日もあった。

 震災の経験が生きたのは2018年7月の西日本豪雨。防災気象情報に日頃から敏感になっていて、豪雨の日も高梁川、小田川の水位が同時に上昇した午後10時ごろ、避難を決意した。近隣の高齢者らに声を掛けて回った後、町内の高台まで家族を連れ出して難を逃れた。

 2階建ての自宅は浸水で全壊し、思い出の品も多く失ったが、「大きな災害に立て続けに遭いながら命が助かったことに感謝しないといけない」と思った。

 2度の被災で痛感したのは、地域防災の重要性と、生活再建などを手助けしてくれたボランティアなど支援者の力の大きさだった。

 「今後は助けられる側から支える側に」。自宅の片付けと修繕に汗を流す傍ら昨年9月に防災士の資格を取得。地域を歩いて避難方法や避難場所を考えた。災害時に取るべき行動をあらかじめ時系列で決めておく「マイ・タイムライン」を作成、地区の住民にも配布した。町内の防災イベントに率先して加わり、スタッフとしても奔走する。

 「異常気象が続く今の時代、大災害に遭う危険性は決して少なくない。自分の経験が少しでも役立つよう活動していきたい」

(2020年01月17日 23時13分 更新)

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