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“幻の酒米”「雄町」復活に敬意 利守氏の山陽新聞賞受賞に寄せて 

利守酒造4代目蔵元の利守忠義社長=2017年8月8日、第9回雄町サミットにて
利守酒造4代目蔵元の利守忠義社長=2017年8月8日、第9回雄町サミットにて
 新年早々、岡山の日本酒ファンのもとに喜ばしいニュースが届いた。「酒一筋」で知られる利守酒造(赤磐市)4代目蔵元の利守忠義社長が、文化、社会、教育等の各分野で地域社会に貢献した個人や団体に贈られる「第78回山陽新聞賞」を受賞したのだ。

 利守酒造といえば、一時「幻の酒米」と言われた岡山県発祥の酒米「雄町」の復活に大きく寄与した酒蔵として全国的に知られるが、その復活劇を一から手掛けたのが利守社長である。心からお祝いを申し上げるとともに、長年にわたる尽力に敬意を表する。

 「雄町」は安政6(1859)年、現在の岡山市中区雄町の篤農家であった岸本甚造翁が伯耆大山参拝の帰途に偶然発見した2本の穂を持ち帰り栽培したことに端を発する。当時は2本の穂にちなみ「二本草」と呼ばれていたが、栽培が各地に普及するにつれて育成地名の「雄町」と称されるようになり、現在に至る。明治41(1908)年に岡山県の奨励品種に採用されると、大正6(1917)年には岡山県下で作付面積が9000ヘクタール超にまで拡大。昭和初期には大粒で心白が大きく軟質という酒造りに適した特徴から「品評会で上位に入賞するには『雄町』で醸した吟醸酒でなければ不可能」と言わしめるほど高い評価を得ていた。

 しかし、背丈が高いため栽培が難しく、しかも収量が低い「雄町」はその後、より栽培しやすく収量が多い他の品種に取って変わることに。さらに、戦後に公布された食糧管理法によって酒造好適米を栽培する価格メリットがなくなったことで、昭和48(1973)年にはわずか3ヘクタールにまで作付面積が減少してしまったのだ。

 利守社長の胸の内には元来、真の地酒とは「地の米、地の水、地の気候風土」がそろってこそ造れるものだとの確たる信念があった。それだけに、岡山の地に根付き、岡山の風土の中で育まれてきた「雄町」の血を絶やすわけにはいかないとの想いが人一倍強かったに違いない。利守社長は地域の農協、町役場、農家を訪ねては「雄町」復活栽培への説得を根気強く続けていったのである。

 160年以上も前に発見されて以来、今なお混血のない原生種であるがゆえに、「雄町」は農薬や化学肥料を嫌うのだと利守社長から聞いたことがある。そのため、復活にあたり利守社長が掲げた化学肥料を使用しないという栽培方針は生産者にとってハードルが高く、交渉は決して順調ではなかったようだ。それでも利守社長はあきらめることなく農家の所得を保障し、収穫分は品質にかかわらず全量買い取るなどのリスクを負ったことで、賛同する生産者が徐々に増加。その機運は町役場やJAとの連携などによってさらに高まり、作付面積が再び拡大するとともに品質も向上していったという。

 そして現在。「雄町」は全収穫量の9割以上が岡山県内で栽培され、その歴史や唯一無二の個性は全国の酒蔵や飲み手を魅了し続けている。こうした現状を利守社長は静かに喜ぶとともに、「雄町」で醸した岡山の地酒が県内外に一層浸透することを願っている。今回の受賞が弾みとなり、岡山県内の酒蔵が手掛けた「雄町」の酒がさらに多くの人に愛されることを、私も心から期待している。

 近年は若手の蔵元を中心に「雄町」で醸す酒に力を入れる動きが活発化しており、生産者との連携を強めてより高品質な酒を造り出す蔵や、岡山県産「雄町」で醸す地酒のブランド向上に力を注ぐ蔵元が増えつつある。蔵元同士で集まる機会があれば、「雄町」の酒を飲み比べて意見交換する姿も見てきた。これからは、彼らが手掛けた酒を「これが『雄町』の酒だ」と自信をもって世に問うてほしい。そして、原生種「雄町」を使った酒造りの難しさやチャレンジする醍醐味を彼ら自身の言葉で生き生きと語ることを切望している。

 なにより、その思いは私自身にもぶつけたい。これまでは主に県外で「雄町」の魅力を伝える活動をしてきたが、地酒も「雄町」をはじめとする地の米も地元に愛されてこそ長く受け継がれていくものだと信じているからだ。最後はなんだか年頭の抱負のような締めくくりになったが、私個人の活動を見直すきっかけにもなったこのたびの利守社長の受賞に、あらためて謝意を申し述べたい。

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 市田真紀(いちだ・まき) 広島市出身の日本酒ライター。最近の主な活動は、日本酒業界誌『酒蔵萬流』の取材執筆や山陽新聞カルチャープラザ「知る、嗜む 日本酒の魅力」講師など。このほか講演やイベントの企画・運営を通して、日本酒や酒米「雄町」の認知拡大を図っている。夏は田んぼ、冬季は蔵が取材フィールド。たまに酒造り(体験・手伝い)。SSI認定きき酒師、同日本酒学講師。J.S.A SAKE DIPLOMA取得。1970年生まれ。

(2020年01月07日 11時00分 更新)

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