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種痘の実施証明書保管 美咲の民家 明治8年、規則発布直後の史料か

美咲町の民家に保管されていた種痘実施済みの証明書
美咲町の民家に保管されていた種痘実施済みの証明書
 天然痘を予防する種痘を実施した証明書2枚が岡山県美咲町の民家で保管されていることが分かった。明治8(1875)年4月3日の日付があり、明治政府が種痘規則を定め、全国に広く知らせた直後の史料とみられる。

 証明書は縦約23センチ、横約16センチの和紙に墨書されている。当時の北条県久米川南村(現津山市)の種痘医の額田敬哉(けいさい)が、2歳と5歳の子どもに実施したことが書いてある。政府が示した書式にのっとって左右の腕に施した種の数を書き、1回で成功したという意味の「初度」という文字が朱で記されている。

 種痘は、江戸時代に岡山市北区足守地区出身の蘭学者緒方洪庵(1810~63年)が普及に尽力した。明治7年に政府が規則を出し、全国的な予防に乗り出した直後の証明書からは、情報網が発達していない時代にもかかわらず、迅速に地方へと伝わったことがうかがえる。

 証明書は、美咲町教委が旧中央町誌をまとめる際に史料提供を呼び掛け、町民の寄贈の中にあった。編さんに携わり、医療分野の歴史(近現代)に詳しい小学校教諭・木下浩さんによると、県内で確認された証明書は赤磐市(旧山陽町)で見つかった同8年3月の物が最も古い。2枚はそれに次ぐとみられる。

 木下さんは「津山を中心とする美作地方が洋学の盛んだった土地だからこそ、地方でも免許を受けた種痘医がいきわたっていたのだろう。種痘が公衆衛生となっていく過渡期の史料で、明治一桁年代は珍しい」と話している。

(2019年12月25日 09時03分 更新)

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