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思い出をありがとう 最後の汽笛に別れ惜しむ

運航最終日を迎えた宇高航路。宇野港には人だかりができた=15日午前11時32分
運航最終日を迎えた宇高航路。宇野港には人だかりができた=15日午前11時32分
午後3時45分発の便に乗ろうと列を作る人たち=宇野港(パノラマ撮影)
午後3時45分発の便に乗ろうと列を作る人たち=宇野港(パノラマ撮影)
宇高航路の最終日に乗り込み、デッキで瀬戸内海の夜景を楽しむ乗客
宇高航路の最終日に乗り込み、デッキで瀬戸内海の夜景を楽しむ乗客
 たくさんの思い出をありがとう―。玉野市と高松市を結んだ宇高航路が15日、時代の波に逆らえず、役割を終えた。感謝、無念、惜別…。港町として航路とともに発展してきた両市の住民たちは、さまざまな思いを抱きながら最後の姿を見守った。

 宇野港のフェリー乗り場には、午前中から大勢が名残を惜しんで詰め掛けた。車の積み残しも出る混雑ぶり。乗船前にスナップ撮影する人の姿も目立った。

 同港発の最終フェリーは約160人と車やバイクなど24台を搭載し、午後6時20分に出発。汽笛を鳴らしてゆっくり離岸すると、デッキの乗客はライトを点灯させたスマートフォンを振り、港の人たちも懸命に手を振り返した。

 見送った男性(79)=玉野市=は「盆や正月は乗船待ちで国道30号が大渋滞。臨時の公衆電話が置かれたり、弁当売りが出たりするなどにぎやかだった。休止は寂しい」と話した。

 この日、友人と1往復した高齢者福祉施設職員の女性(44)=同市=は「船内の名物うどんは懐かしく、おいしかった。最後の汽笛にはうるっときた。いつか復活してほしい」と願った。

 一方、港近くの和菓子店の男性(71)=同市=は「宇高航路があったからこそ玉野の街も栄えてきた」としつつ、「休止も時代の流れか」と静かに受け止めていた。

 対岸の高松港でも乗客が長い列をつくった。岸壁でビデオカメラ2台をセットしていた自営業男性(51)=京都府木津川市=は「小学生のころから四国の鉄道を撮るために何度も乗った。国鉄連絡船や国道フェリーの最後も撮影した」。

 玉野市に実家があり、50年以上利用してきたという女性(78)=高松市=はフェリーの姿を目に焼き付けようと足を運び「故郷とのつながりが断たれた感じで悲しいですね」と寂しそうに語った。

(2019年12月15日 23時31分 更新)

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