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宇高航路 109年の歴史に幕 瀬戸大橋との共存見いだせず

高松港を出港する宇高航路の最終便。多くの人が手を振って別れを惜しんだ=15日午後7時50分
高松港を出港する宇高航路の最終便。多くの人が手を振って別れを惜しんだ=15日午後7時50分
 本州―四国間の基幹海路となってきた宇高航路(玉野市・宇野港―高松港)で15日、最終便のフェリーが運航を終え、109年にわたる歴史に幕を下ろした。明治期から多くの人々の往来や物流を支えたが、競合する瀬戸大橋の料金値下げで共存の道を見いだすことができなかった。

 利用者減少に歯止めがかからず、唯一の運航会社だった四国急行フェリー(高松市)が16日からの休止を決断した。15日も通常通り1日5往復し、宇野、高松両港では日中から乗客や車両の長い列ができた。フェリーに乗り込んだ家族連れらは、名物のうどんを味わったり、デッキで潮風を浴びながら瀬戸内海の景色を楽しんだりしていた。

 最終便が出る高松港では午後7時50分ごろ、同社の堀本隆文営業部長が安全祈願の銅鑼(どら)を打ち鳴らした。集まった人たちは「長い間ありがとう」「お疲れさまでした」と声を上げ、船の姿が見えなくなるまで見送った。

 宇高航路は1910(明治43)年、国鉄連絡船が就航して開設。その後、民間も相次いで参入し、87年度は1日約150往復して約400万人を運んだ。

 連絡船は88年の瀬戸大橋開通に伴い廃止され、橋の通行料金値下げのあおりを受けてフェリー2社も2012年までに撤退。唯一残った四国急行フェリーは岡山、香川県、玉野、高松市から財政支援を受けて運航を続けたが、18年度の利用者は約14万人にとどまり、今年11月に国土交通省四国運輸局に休止を届け出た。

 地元2県2市は協議の結果、「収支改善は見込めない」として存続に向けた支援の見送りを決定。代替ルートとして直島や小豆島経由で両県を結ぶ航路の周知を図っている。

(2019年12月15日 23時22分 更新)

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