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倉敷にノーベル賞吉野さんの足跡 弟子が直筆の研究リポート保管

吉野さん直筆の研究リポート。「検討」の2文字が多く見られる
吉野さん直筆の研究リポート。「検討」の2文字が多く見られる
「リチウムイオン電池誕生の過程が分かる貴重な資料」と語る松岡さん
「リチウムイオン電池誕生の過程が分かる貴重な資料」と語る松岡さん
 リチウムイオン電池の開発で今年のノーベル化学賞に決まった吉野彰・旭化成名誉フェロー(71)の直筆の研究リポートが、倉敷市潮通の同社水島製造所に保管されている。吉野さんと師弟関係にあった研究員が本人から託された。新型電池誕生までの過程や研究の苦労がうかがえる記述が残っている。

 所々が黒ずんだファイルの背表紙に小さく「吉野」の文字。厚さ5センチほどに重なったA4判の用紙には、研究の経過や化学式、図表などが丁寧な筆致でつづられている。

 リポートは、吉野さんが「失敗を繰り返していた」と著書で振り返っている1970年代後半から80年代にかけてのもの。次世代蓄電戦略部エキスパートの肩書で水島に勤める松岡直樹さん(43)は「新型電池に使える素材を模索していた時期」と説明する。松岡さんは2010年から6年間、静岡県富士市にある吉野さんの研究室で直接指導を受けた最後の一人。廃棄寸前だったが、貴重な記録として保管することを進言し、管理を個人で任された。

 読み込んだ松岡さんが「開発のターニングポイントになった」と指さす先には、「(昭和)58年2月18日」の日付。試作した電池で充電と放電がスムーズに行われたことが記されている。開発の要となる正極と負極の素材が固まり、大容量で繰り返し利用できるリチウムイオン電池の基礎となる構成が、この月に生み出されたという。

 リポートには、「検討」の2文字もあちこちに見られる。研究の世界では壁にぶつかっている意味といい、山積する課題を一つ一つ確認し、試行錯誤を重ねた吉野さんの苦労がにじむ。

 現在はリチウムイオン電池の性能向上に挑む松岡さん。「製品がどういう形で世の中に貢献するか―。まずはゴールを設定する」という吉野さんの研究姿勢を意識して臨んでいる。10日には、吉野さんからの誘いを受け、スウェーデン・ストックホルムでの授賞式に出席する予定だ。

 「たくさんのテーマを任され、研究者に必要な“体幹”を鍛えてもらった。吉野さんができなかったことを自分が成し遂げれば、最高の恩返しになる」。研究のバトンは、次代へとつながっていく。

(2019年12月05日 21時24分 更新)

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