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真備の町内会 水害伝える看板設置 浸水位線2本残る金刀比羅神社に

西日本豪雨で浸水した深さを示す水位線の看板を設置した建物
西日本豪雨で浸水した深さを示す水位線の看板を設置した建物
高台にある金刀比羅神社。西日本豪雨で民家(右後方)は2階まで浸水したという
高台にある金刀比羅神社。西日本豪雨で民家(右後方)は2階まで浸水したという
神社に立つ建物の内壁に残る浸水跡を説明する井上さん
神社に立つ建物の内壁に残る浸水跡を説明する井上さん
 倉敷市真備町岡田の新町町内会が、昨年の西日本豪雨と1893(明治26)年の水害時の浸水位とみられる痕跡が残る地元の金刀比羅神社の建物に、被害の記録を伝える看板を設置した。住民たちは「つらい経験だったが、目に見える形で地域の歴史を語り継ぎたい」としている。

 神社は、石垣が築かれた3メートルほどの高台にあり、建物(木造平屋8平方メートル)のほか、鳥居、天保9(1838)年建立と刻まれた石灯籠、祠(ほこら)が立つ。新町町内会と中町町内会が管理し、年2回神事を行っている。

 住民によると、建物の整備時期は不明だが、鬼瓦には岡田藩主・伊東家の家紋が使われている。昨夏の豪雨以前は民家や老舗のしょうゆ蔵に囲まれて外から見えなかったが、新町町内会相談役の武政亘晃さん(76)が被災したしょうゆ蔵などを解体すると、その姿があらわになった。

 看板は「西日本豪雨水位 2018年7月7日」などと記した手作り。内壁に残る水位線(地面からの高さ63・5センチ)に合わせ、建物の内外に掲げた。

 取り組みの段階で、昨夏の豪雨による水位線の13センチ上に別の線があることが判明。明治期に起きた水害の浸水跡とみられ、説明文を取り付けた。真備町地区で浸水被害の記録を残す住民活動に協力している岡山大大学院教育学研究科の松多信尚教授(48)=自然地理学=も高齢住民の話や伝承を鑑み、同様の見解を示す。

 このほか、近くにある町内会の倉庫にも、昨夏の豪雨での浸水位が分かる看板を設けた。同町内会の奥田茂治さん(71)は「ここまで水が来たことを多角的に確認できれば、今後の防災対策の教訓になる」と意義を強調する。

 建物は老朽化が進む一方、住民の多くが被災しており修復費用の工面が難しい状況。町内会は水害の痕跡が残る貴重な建物を後世に伝えるため、神社に募金箱を設けて浄財を募っている。

 ◇

 新町町内会の井上泉さん(70)は、西日本豪雨発生時のまちの様子と金刀比羅神社を守り続ける住民の姿を追ったドキュメンタリーを制作した。

 浸水によって、ほとんど見えなくなるまでつかった車や家財が散乱した家屋、泥まみれになった畳を片付ける住民の姿などを収録。神社では、水害の記録を記した看板の設置作業をはじめ、住民が行う草刈りや神事の様子を盛り込んだ。建物に残る水害の痕跡についても紹介している。

 当初は撮影をためらったという井上さん。だが、「記録として残さなければいけない」との使命感でビデオカメラを回し続け、地域の状況を収めた。自らナレーションも担い、「物言わぬ語り部として、水害の歴史を伝えてくれるものと信じている」と結んでいる。

 タイトルは「岡田の金比羅様」(13分)。真備ふるさと歴史館(同所)にDVDを寄贈しており、来館者は視聴できる。

(2019年11月22日 18時36分 更新)

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