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〈世の常の父子(おやこ)なりせ…

 〈世の常の父子(おやこ)なりせばこころゆく歎(なげ)きはあらむかかる際(きは)にも〉明石海人。瀬戸内市の国立ハンセン病療養所・長島愛生園に、開設間もない1932年に入った歌人が詠んだ歌である▼まだ幼かった娘を亡くしてから、ほぼ10年がたっていたが、癒えない悲しみと、既に療養中で訃報がすぐに届かなかった無念さが伝わる。普通の父子なら、気持ちが晴れるまで嘆いたのに―。実際に知らされたのは、葬儀も終わった後だったと「明石海人歌集」(村井紀編)の解説にある▼家族もまた、苦しんだに違いない。当時から今日まで、身を隠すように生きた多くの家族がいた。先日成立した補償法によって、元患者から18年遅れてやっと償いが始まる▼就学、就労の拒否や結婚差別、村八分など、補償を後押しした6月の熊本地裁判決が挙げていた家族の「人生被害」は深刻だ。その回復への道のりもなお遠い▼そうした被害を元患者の肉親のせいにして生きてきたと罪悪感を抱える人もいる。国は家族関係の修復を支援するとともに、安心して補償を名乗り出られるように実効のある差別の解消策に取り組んでほしい▼「ボールは市民の側に投げられている」と指摘する元患者もいる。もちろん一人一人がわがこととして取り組まねばならない。「世の常なりせば」と、もう繰り返さなくてよいように。

(2019年11月20日 08時00分 更新)

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