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地酒ゆかりの地を巡る楽しみ 酒米「雄町」の“聖地”も人気

嘉美心酒造の敷地内に静かにたたずむ「寄島酒造研究会館」
嘉美心酒造の敷地内に静かにたたずむ「寄島酒造研究会館」
大浦神社の境内には、酒の神様として知られる松尾大社の分社がある
大浦神社の境内には、酒の神様として知られる松尾大社の分社がある
酒米「雄町」発祥の地には、発見者である岸本甚造翁の名が刻まれた碑が建てられている
酒米「雄町」発祥の地には、発見者である岸本甚造翁の名が刻まれた碑が建てられている
 日本酒ファンの楽しみの一つに、酒蔵見学がある。歴史を感じる蔵の佇(たたず)まいや仕込み風景を見るだけでなく、酒造りにまつわるさまざまな話を蔵元や蔵人から直接聞くことができるため、近年は観光客の人気が高い。

 広島県東広島市で10月に開かれた「西条酒まつり」のような街を挙げてのイベントも、飲み手だけでなく観光客の心をつかんで離さない。私も先日久しぶりに足を運び、通りに連なる酒蔵を巡ったが、旨(うま)い酒を嗜(たしな)み、蔵人との触れ合いを楽しむ来場者でにぎわう “酒都”には、笑顔と活気があふれていた。酒がとかく悪者扱いされがちなご時世だが、その地、その町の風土を反映した地酒はいつの時代も人々を癒やし、人と人とをつなぐ懸け橋になってくれることを実感した。

 かくいう私も最近、岡山の地酒や酒米「雄町」にひかれて岡山を訪れる人を案内する機会が増えてきた。このうち、毎年秋に来岡する東京在住の友人夫妻は「雄町」で醸した岡山の酒に惚れ込んで以来30年以上にもおよぶ「雄町ファン」。過去には「雄町」の圃場や発祥の地を案内してきたが、今年は浅口市寄島町にある嘉美心酒造の酒蔵を見学したあと、寄島酒造研究会館や蔵から徒歩数分の位置にある大浦神社へも足を運んだ。いずれも江戸時代より岡山県内で発展を遂げてきた備中杜氏(とうじ)ゆかりの地だ。

 寄島酒造研究会館は、備中杜氏の酒造技術向上を目的として建てられた研修施設で、嘉美心酒造の敷地内にある。大正時代には500名を超す杜氏が全国各地、遠くは朝鮮や満州などまで赴いて酒造りに携わったとされ、各地から杜氏が持ち帰って植えた多様な種類の木々が往時の隆盛を物語っている。一方、競馬神事で知られる大浦神社の境内には、嘉美心酒造二代目蔵元の藤井松三郎氏が京都から招致した松尾大社の分社がある。酒の神様として知られる松尾神社には、毎年酒造期が始まる頃には多くの備中杜氏がここで醸造祈願を行う神聖な場所でもあり、岡山の地酒を愛飲する者としてはぜひ訪問したいスポットである。

 私が酒蔵だけでなく酒造りにゆかりがある場所を案内するのは、良質な酒を生み出す岡山の風土をまるごと知ってほしいとの思いがあるからだ。岡山の水と米、気候、食文化……あらゆる要素が相まって醸される酒には、醸造技術が飛躍的に発展した今なお唯一無二の価値がある。飲み手にとって酒が旨いかどうかはもちろん大事だが、造り手の顔や背景を通してこそ感じられる魅力もある。岡山にしかない風土の素晴らしさと、その風土がはぐくむ地酒の魅力を、当地でぜひ堪能してほしい。

 ところで「オマチスト」と呼ばれる熱心な「雄町」ファンが来岡した折には、「雄町米元祖 岸本甚造翁碑」と刻まれた石碑や全国名水百選に選ばれた「雄町の冷泉」がある岡山市中区雄町をしばしば案内する。中には散策中、町の至るところで目にする「雄町」の地名に思わずテンションが上がり、嬉々としてカメラを向ける人も。そのはしゃぎぶりには、私も思わずニヤリとするばかり。酒造りの背景にある物語を訪ねる旅も、思いのほか楽しいものだ。

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 市田真紀(いちだ・まき) 広島市出身の日本酒ライター。最近の主な活動は、日本酒業界誌『酒蔵萬流』の取材執筆や山陽新聞カルチャープラザ「知る、嗜む 日本酒の魅力」講師など。このほか講演やイベントの企画・運営を通して、日本酒や酒米「雄町」の認知拡大を図っている。夏は田んぼ、冬季は蔵が取材フィールド。たまに酒造り(体験・手伝い)。SSI認定きき酒師、同日本酒学講師。J.S.A SAKE DIPLOMA取得。1970年生まれ。

(2019年11月02日 11時00分 更新)

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