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誇るべき「恩返し文化」。でも… 旅で知った「ただただ受け取る」

モロッコでは左の男性が「僕の家に泊まって」と言っていましたが、実際には「僕の友達の家」に泊まることに! 「友達も良いっていうと思うんだ」と当たり前に言っていて驚きましたが、それがまかり通るお国柄のようです
モロッコでは左の男性が「僕の家に泊まって」と言っていましたが、実際には「僕の友達の家」に泊まることに! 「友達も良いっていうと思うんだ」と当たり前に言っていて驚きましたが、それがまかり通るお国柄のようです
「特定の曜日は、貧しい人と旅行者はタダで食事をプレゼントする」インドのカレー屋さん。日本人にとってインドは「物乞いに迫られて困る」イメージが強いと思いますが、世界一周中、こういったレストランを見たのはここだけでした
「特定の曜日は、貧しい人と旅行者はタダで食事をプレゼントする」インドのカレー屋さん。日本人にとってインドは「物乞いに迫られて困る」イメージが強いと思いますが、世界一周中、こういったレストランを見たのはここだけでした
ドイツでは「収入が少ない人が、レストランやスーパーで残った食材を無料でもらえるシステム」があります。ウクライナからの女性も、そのシステムを使って食事を作っていました。写真は、私たちのために作ってくれた食事です
ドイツでは「収入が少ない人が、レストランやスーパーで残った食材を無料でもらえるシステム」があります。ウクライナからの女性も、そのシステムを使って食事を作っていました。写真は、私たちのために作ってくれた食事です
 各地で甚大な被害を出した台風19号、みなさんの大切な方々はご無事だったでしょうか?

 災害発生時、支援物資を列を作って受け取る日本人の秩序ある行動は、私たちが世界一周していた時に「あの映像は本当なの?」としばしば聞かれたほど、海外の方にとっては驚きの姿のようでした。

 そして、昨年の西日本豪雨の際、全国の方に助けていただいた「恩返し」として、岡山県内で支援物資を募る動きがあることをニュースで見て、また「日本と海外の違い」を思い出しました。

 私が大学生の時からお世話になっている方で「きびだんごを配って日本一周をした方」がいます(その時の様子は本になっています。石井達也著「ボクらの日本一周どんぶらこ-きびだんごを配って四千里-」、吉備人出版)。3カ月で約400人の方にきびだんごを配ったのですが、きびだんごを受け取った方は全員「お返し」をしてくださったそうです。きびだんご1粒が、梨になったり、日本酒になったり、時には「ゆっくり休んで」と「ホテル」になったことも。何も返せるものがない人は「ごめんね、今は何もお返しできるものがなくて…」とおっしゃったとか。旅の出発前には想定もしていなかったこのやりとりを通して、その方は「日本にはお返しの文化がある」と感じたのだそうです。

 そんな話を知っていたので、世界一周中は「もし私がこの国できびだんごを配ったら、どんな反応が返ってくるだろう」とよく考えていました。実際にきびだんごを渡したことはありませんが、折り鶴を渡した時の反応だったり、各国の人々の行動を見ていると「きっときびだんごを渡してもお返しをしてくる国は少ないだろうな」というのが結論です。

 でもそれは「お返しをしないひどい人たち」ではなく、「ただただ受け取る、ということができる人たち」だから。海外の方々は、日本よりも「自分のものと他人のもの」の境界や意識がかなり曖昧で、だからこそ「シェアの文化」が早くから発展したのだと思います。誰かが困っていたら、自分が持っているものを軽やかに人に渡すことができる。反対に、自分が困っていて誰かから何かをしてもらっても、ただただ「ありがとう」と受け取ることができる。こんなふうに感じたのです。

 つまり、日本では「ありがとう」という言葉の中に、感謝のほかに「申し訳なさ」や「いつかお返しするからね」という決意のようなものを含めている方が多いのに対し、海外ではそんな「申し訳なさ」などはないのです。

 災害列島とも言われる日本。「何かしたらお返しする」「どんな時も秩序を守り、皆で支え合う」という日本人らしさが、いにしえから続く災害に負けることなく、この日本という国を作ってきた大きな要因だと思います。

 しかし、この「してもらったらお返しせねば」という気持ちが、困っている時に声をあげられなかったり、「みんなも困っているから」と遠慮したりする要因にもなっている気がします。

 「お返し」の文化がある日本。そして同時に「お互いさま」という精神もある日本。困った時は「お互いさま」の気持ちをしっかりと思い出して、もっともっと人に頼れる方が増えたらいいなと願っています。

  ◇

 武田悠佑(たけた・ゆうすけ)1987年岡山市生まれ。岡山大学医学部を卒業後、看護師として岡山大学病院に勤務。その傍ら、月に1度岡山市中心部の西川緑道公園にて開催されている「満月BAR」の立ち上げ・初代代表、またNPO法人タブララサ理事も務める。生まれも育ちも岡山市、という環境の中で「世界を見てみたい」と考えるようになり、2017年5月~18年9月、妻・小倉恵美と世界一周した。本人のHPはこちら

 小倉恵美(おぐら・えみ)1989年美作市生まれ。学生時代には、全国で岡山県の観光PRを行う「おかやま観光フレンズ」や「おかやま桃娘」を務めた。20歳の時にケニアを訪れ「世界一周しながら世界中の人々の生活や価値観を知りたい」という夢が生まれる。2013年岡山大学教育学部卒業後、テレビせとうちに入社。記者を務め15年退職。

(2019年10月28日 18時45分 更新)

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