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明治期の医療機関の領収書保存 岡山の芳田さん、高額さ裏付け

明治後期に備前市の医療機関が発行した領収書と所有者の芳田さん
明治後期に備前市の医療機関が発行した領収書と所有者の芳田さん
 岡山市中区門田屋敷の芳田泰朗さん(75)が、明治後期に備前市の医療機関で発行された領収書2点を保存している。本紙が9月27日付の朝刊で報じた国内最古とみられる1908(明治41)年6月の診療明細書とほぼ同時期のもの。代金を分割払いしたことが読み取れ、専門家は「当時の医療サービスが非常に高額だったことを裏付ける史料」としている。

 室町時代から備前地方で医業を営む医師一族・万代家が、現在の備前市西片上で経営していた「万代医院薬局」の領収書。どちらも地元医師会の規定によって薬価や診察料を計算したと印刷されている。

 1枚目の日付は08年8月28日。薬価は三つの薬について手書きで「五十銭」や「九十五銭」などと記入され、診察料は「一円六十五銭」、合計金額は「十円八十五銭」と書き込まれている。合計金額の横には、2円を受け取ったことを示す「内二円入」と書かれ、翌年の09年7月まで残金の支払いを猶予したとみられる記述が添えられている。

 2枚目の日付は09年2月12日。1枚目と同じ合計金額のほか、「入院料」「四円二十五銭」「薬価」などと記されている。

 診療関係の史料に詳しい日本レセプト学会の理事長で、就実短大の大友達也教授(医療社会学)は「2枚の領収書が一連のものなのは確実だ。残金の支払い猶予期間が約1年と長く、医療機関と患者側が信頼関係を築いていたことがうかがえる」と話す。

 芳田さんによると、領収書の受取人は芳田さんの曽祖父の「吉田利七」で、実際に治療を受けたのは利七の次男という。芳田さんの先祖は備前市日生町で江戸時代から廻船(かいせん)業を営んでいたとされ、利七は万代家と手紙をやり取りするなど親交が深かった。

 芳田さんは家に伝わるさまざまな史料を保管しており、5円76銭の診察料が記載された「万代医院薬室」発行の1913(大正2)年12月17日付の領収書もある。芳田さんは「日本各地を調べたら、昔の医療に関する史料がもっと出てくるのでは」と話している。

(2019年10月10日 07時08分 更新)

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