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真備「まび」「まきび」混在なぜ 公的施設名称、過去に改称運動も

真備「まび」「まきび」混在なぜ 公的施設名称、過去に改称運動も
真備町の改称を求める署名簿の写しと中山さん
真備町の改称を求める署名簿の写しと中山さん
 「まび」と「まきび」が混在する謎―。西日本豪雨で被災した倉敷市真備(まび)町地区では、公的施設などの名称で「真備」の読み方が2種類ある。どちらが正しいのか分かりづらく、かつて、町名の読みを「まきび」に改めようとする運動も起きたという。資料や郷土史の専門家を頼りに事情を探った。

 市真備支所や真備陵南高、真備総合公園は、町名と同じく「まび」と読む。一方で真備中や真備東中の読みは「まきび」で、倉敷まきび支援学校やまきび公園も存在する。

 読み分けに規則性はなく、漢字表記の場合、地区外の人が判別するのは難しい。昨夏の豪雨発生直後は、テレビ番組でアナウンサーが読み間違え、訂正する場面も見られた。

■ 偉人に由来


 そもそも真備町地区の名称は、地区ゆかりの政治家・学者の吉備真備(きびの・まきび、695~775年)に由来する。ならば「まきび」町と読むのが自然に思えるが、1952年に地区の村々が合併して新しい町名を決める際、「読みやすく『まび』とした」(真備町史)らしい。

 「この決定により2種類の呼称が混在することとなり、現在まで続く混乱をもたらした」。元真備町教育委員長で、同町史の執筆委員も務めた中山薫さん(81)=同町=は指摘する。

 当時から異論はあった。旧真備町議の日名静一氏(故人)は合併の年に「町名『真備』を『マキビ』と訓(よ)むべきの議」と題した論考を書いた。そこでは「町名が吉備真備公と同じ呼称になるのは当然の帰結」と主張し、読みを「まきび」と改めるよう訴えている。

■ 署名活動


 合併から30年近くたった1980年ごろ、「まきび」への改称運動がにわかに盛り上がりを見せた。署名活動が行われたのだ。

 中山さんは近年、署名簿を入手。80年10月の日付が記され、557人分の名前と押印があった。県議や町議ら有力者をはじめ、町職員、学校教員の署名が確認できた。前述した日名氏の論考もとじられていたという。

 表紙には「充分検討し実施できるとしても町政三十周年時点が適当かと思料」(原文まま)と、改称の実現可能性に触れた鉛筆書きのメモも残されていた。中山さんは筆跡から、当時の町長・土師雄一氏(故人)が書いたと推測する。

 その後、真備町は2005年に倉敷市と合併。市の歴史資料整備室を担当する山本太郎・市総務部副参事によると、署名簿に関する公文書は残っておらず、誰が受け取り、どう扱われたかは定かではない。ただ、改称は実現しなかった。

■ 住民が決める


 兵庫県篠山市は5月、「丹波篠山市」に改名した。昨年の住民投票で改名賛成が多数だったためだ。真備町地区も改称する可能性はあるのだろうか―。

 中山さんは「地域の名前は住民が決めること」と強調。その上で「町名については、住民の多くが『まび』の読み方に慣れており、改称運動は盛り上がらないのではないか」と言い、こう続けた。

 「それでも、由来となった吉備真備公の読み方を忘れることがあってはならない」

 ◇

 中山さんは、真備町の呼称を巡る論考を市発行の冊子「倉敷の歴史」第29号で発表した。1部900円で、市真備支所内の歴史資料整備室で購入できる。

(2019年07月02日 16時52分 更新)

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