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水島空襲忘れず、平和誓う集い 学徒動員など経験談伝える

学徒動員の体験などが披露されたピースサンセット
学徒動員の体験などが披露されたピースサンセット
 1945年の水島空襲から74年を迎えた22日、戦争の記憶を風化させまいと、倉敷市水島地区で追悼の式典や行事が開かれ、参加者が平和への思いを新たにした。

 水島緑地福田公園(同市福田町古新田)では市が設置する「平和の鐘」を鳴らす式典があり、空襲が始まった午前8時36分に参加者約70人が黙とう。色とりどりの風船などを飛ばし、不戦を誓った。

 水島空襲を伝える集い「ピースサンセット」(市民グループなどでつくる実行委主催)は水島勤労福祉センター(同市水島明神町)で開かれ、約60人が参加。空襲を受けた三菱重工業水島航空機製作所(現三菱自動車水島製作所)で、学徒動員で働いた小川薫さん(88)=同市=の講演があった。

 小川さんは、気絶するまで殴られ働かされた朝鮮人労働者の様子や、食料が不足しノミやシラミだらけの寄宿舎での生活を回想。「戦争で弱い人間は虫けらのように扱われた。今を生きる人に同じ思いを味わってほしくない」と語り掛けた。

 軍需施設・亀島山地下工場跡(同市亀島)の見学、住民が制作した平和ソング「亀島山の歌」の披露もあり、岡山市北区富町の会社員(25)は「当時が生々しく想起された。私たちの手で平和な世界を守りたい」と話した。

(2019年06月22日 21時44分 更新)

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