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外国人観光客誘致に大切なことは まず勇気を出して話し掛けよう

英語が母国語のメンバー25人でヨーロッパを2週間旅しました。全く英語が話せない私ですが、ツアー最終日には号泣してしまうほど仲良くなりました。「話せるか話せないか」よりも「心を通わそうとするか否か」が大事だと再確認できた旅でした=クロアチア・スプリト
英語が母国語のメンバー25人でヨーロッパを2週間旅しました。全く英語が話せない私ですが、ツアー最終日には号泣してしまうほど仲良くなりました。「話せるか話せないか」よりも「心を通わそうとするか否か」が大事だと再確認できた旅でした=クロアチア・スプリト
仲良くなったイギリス人とオーストラリア人です。11月に日本に来るそうなので、それまでに英語が上達するよう勉強します=クロアチア・ドブロブニク
仲良くなったイギリス人とオーストラリア人です。11月に日本に来るそうなので、それまでに英語が上達するよう勉強します=クロアチア・ドブロブニク
海外の人からの日本は総じて高評価でしたが、実際に日本に来たことがあるメンバーは「日本人はシャイだから関わる機会がなかった」と話していました=ハンガリー・ブタペスト
海外の人からの日本は総じて高評価でしたが、実際に日本に来たことがあるメンバーは「日本人はシャイだから関わる機会がなかった」と話していました=ハンガリー・ブタペスト
 世界一周中に「日本に行ったことがあるよ」という現地の方に出会うことも少なくはありませんでした。その中で印象に残っているのが「日本って、人と接しなくても観光できちゃうんだよね」という言葉です。

 「日本人は英語を話すのが得意ではない」のは、日本を旅行した外国人にとって強い認識として残っているようで「コーヒーショップの店員さんに『ホット』しか通じなかった」「観光地でスタッフさんに英語で話しかけたけど、英語のパンフレットを渡して『話しかけてくるな』という感じだった」「5日間の観光中、全く日本人と話さなかった」と、「いかに日本人が英語を話せなかったか」という‘’武勇伝‘’を、みな何かしら持っていました。

 そんな中で言われたのが冒頭の「日本って人と接しなくても観光できちゃうんだよね」です。「日本では、看板標識はもちろん、電車のホームですら英語のアナウンスがある。だからどこに行こうと思っても困らないし、誰の助けを借りなくても行動ができちゃう」と。

 この仕組みは「気配り心配りができる日本」、そして「人に迷惑をかけないことを美徳とする日本」をものすごく象徴しているような気がします。

 これは政府や各企業による「外国人へのおもてなし」の結晶なのかもしれませんが、この優しさは長期的にみると「外国人観光客の満足度低下」につながっていくのでは、と思うのです。

 それは私が「またその国に行きたいと思わせる要因は、観光地の美しさではなくその国の人々との思い出である」と、世界一周を通じて強く実感しているからです。

 どんなに美しい観光地でも、1度その景色を楽しむと、次はまだ見たことのない景色を求めてしまいます。しかし、その土地に友達がいたり、優しくしてもらったりした記憶があれば「またあの国に行きたいな」と思うはずです。

 1度日本に来た外国人がまた日本に来てくれるには、日本を本当の意味で好きになってもらうには…。そのために本当に必要なものは「外国人が日本人と接する機会」なのではないでしょうか。そんな中で、外国人観光客への‘’手厚すぎるおもてなし‘’は日本人と外国人が接する機会を奪い、同時に私たち日本人にも「困っている外国人を手助けする」という機会を奪っているのでは…とすら思ってしまうのです。

 アメリカのニューヨーク・タイムズが発表した「2019年に行くべき場所」の7位に「瀬戸内の島々」が選出されました。今後岡山県にも、ますます多くの外国人観光客が訪れるでしょう。もしも困っている外国人を見かけたら、ぜひ勇気を出して声を掛けてみてください。自分の声掛けによってその人の問題が解決する、しないに関わらず「困っていた時に日本人が声を掛けてくれた」という事実は必ず、外国人観光客にとって大きな安心感、そして思い出につながります。

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 武田悠佑(たけた・ゆうすけ)1987年岡山市生まれ。岡山大学医学部を卒業後、看護師として岡山大学病院に勤務。その傍ら、月に1度岡山市中心部の西川緑道公園にて開催されている「満月BAR」の立ち上げ・初代代表、またNPO法人タブララサ理事も務める。生まれも育ちも岡山市、という環境の中で「世界を見てみたい」と考えるようになり、2017年5月~18年9月、妻・小倉恵美と世界一周した。本人のHPはこちら。

 小倉恵美(おぐら・えみ)1989年美作市生まれ。学生時代には、全国で岡山県の観光PRを行う「おかやま観光フレンズ」や「おかやま桃娘」を務めた。20歳の時にケニアを訪れ「世界一周しながら世界中の人々の生活や価値観を知りたい」という夢が生まれる。2013年岡山大学教育学部卒業後、テレビせとうちに入社。記者を務め15年退職。

(2019年06月22日 11時00分 更新)

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