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菅茶山愛蔵の盃は謙信にゆかりか 福山・廉塾で“幻の品”発見

廉塾で見つかった、上杉謙信ゆかりと伝わる菅茶山愛蔵の盃
廉塾で見つかった、上杉謙信ゆかりと伝わる菅茶山愛蔵の盃
 戦国武将上杉謙信ゆかりの品とされ、福山市神辺町出身の儒学者・菅茶山(1748~1827年)が愛蔵した盃(さかずき)が、茶山の開いた廉塾(同市神辺町川北)で見つかった。茶山の日記や漢詩に度々登場しながら所在不明だった“幻の品”。発見した広島県立歴史博物館(同市西町)は「茶山の歴史的興味が分かる貴重な史料」とする。同博物館で開催中の企画展で公開している。

 木製の漆塗りで直径約12センチ、高さ約5センチ。米沢藩の侍医・平田道宣が廉塾に滞在したお礼として1806年に贈ったものという。

 盃は、茶山の日記や漢詩集に「謙信饗軍士酒盃」などと記され、存在が知られていた。中でも具体的な記述があるのは、弟子の頼山陽が記した「長尾謙信酒杯記」、岡山藩校教授を務めた萬波醒廬(まんなみ・せいろ)による「菅氏越後杯記」(いずれも国重要文化財)の二つの漢詩文。謙信が出兵の際に数千枚を作って酒を振る舞ったというエピソードとともに、うち1枚を茶山が手に入れたなどと紹介している。

 昨夏、同博物館が茶山関係の史料調査を行い、廉塾の蔵から箱に入った盃を発見。箱書きや同封された道宣の書状から一連の史料に登場するものと判明した。

 ただ茶山は謙信の盃としているが、同博物館は現時点でその真偽は不明とする。エピソードが史実に基づくものかはっきりせず、道宣の書状でも「御約束之盃」といった記述にとどまり「謙信の盃」とまで書かれていないのが理由という。

 調査に当たった岡野将士主任学芸員は「真偽は今のところ疑問符が付くが、(著名人にちなんだ品をやりとりする)江戸後期の文人の交流の様子がうかがい知れる重要な史料であることは間違いない。今後、調査を進めたい」としている。

 企画展「廉塾に伝えられたタカラモノ」は6月2日まで。問い合わせは同博物館(084―931―2513)。

(2019年05月25日 11時40分 更新)

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