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内田百閒の戦前日記を初公開 吉備路文学館、名文家の姿伝える

百閒の戦前日記6冊が初公開されている吉備路文学館の特別展
百閒の戦前日記6冊が初公開されている吉備路文学館の特別展
 岡山市出身の小説家、随筆家内田百閒(ひゃっけん)(1889~1971年)が太平洋戦争直前に書き残した日記が、吉備路文学館(同市北区南方)で初公開されている。激動期にあっても日常を冷静に捉え、作品へと昇華していった希代の名文家の姿を伝える貴重な資料として関心を集めている。(内田百閒の「けん」は、門構えに月)

 同館で開催中の百閒生誕130年特別展(6月2日まで)の会期終盤に合わせ、21日から黒革の手帳6冊(岡山県郷土文化財団蔵)を展示。二・二六事件が起きた36年から開戦の41年まで、騒乱で暮らしのペースを乱されたり、酒の調達にも困窮したりといった出来事をほぼ毎日3行程度の短文で記している。

 日記からは創作の様子もうかがえる。会場で紹介されている39年8月のページには、〈まだ捗(はかど)らず〉〈二十枚にて終る〉などと、当時嘱託勤務していた日本郵船の貨客船で赴いた船旅に関する原稿の進ちょく状況を記録。この原稿は後に紀行文「鎌倉丸周遊」として発表されている。

 特別展は4カ月にわたり約220件の遺品を通覧。岡山を題材にした随筆「古里を思う」の直筆原稿、百閒の誕生日会での法政大の教え子との写真なども並ぶ。22日には教え子で日記にも登場する故北村猛徳さん(元江ノ島鎌倉観光社長)の長女高月三世子さん(84)=東京=が会場を訪れ、「百閒先生の日常への鋭い観察と周囲から慕われる人柄、父との深いつながりが思い浮かびます」と話した。

 日記は29日、「百鬼園戦前・戦中日記」として慶應義塾大学出版会から刊行される。

(2019年05月23日 01時12分 更新)

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