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岡山 彦崎貝塚から粟島台式土器片 東関東に分布、交流裏付けの史料

彦崎貝塚から出土した粟島台式土器の破片(上)と粟島台式土器のイラスト(下)。赤線部分に縄目の文様が見える
彦崎貝塚から出土した粟島台式土器の破片(上)と粟島台式土器のイラスト(下)。赤線部分に縄目の文様が見える
 岡山市教委は25日、国史跡の縄文貝塚遺跡・彦崎貝塚(同市南区彦崎)から出土した土器片が、千葉県銚子市など東関東に限って分布する「粟島台式土器」と判明したと発表した。西日本では初の出土例で、市教委は「両地域の間に交流があったことを示す貴重な史料」としている。

 土器片は縄文前期末(約5500年前)の地層から出土した大(縦3センチ、横5センチ)、小(縦3センチ、横2・5センチ)の二つ。ともに深鉢の口部分とみられ、一定間隔で横しま状の3本の縄目文様が確認できる。全面に文様のある縄文土器の代表的な様式とは異なっており、この時期、しま状文様は粟島台式にしか見られないことから特定した。

 土器片は市教委の2003年の調査で発見。粟島台式土器は粟島台遺跡(銚子市)と周辺しか出土していない。市教委によると、今回の土器は土の成分から、人的交流によって、岡山で製作されたとみられる。

 彦崎貝塚ではこれまでも遠方に生息する貝殻の腕輪が出土するなど、広域的な交流の存在がうかがえる。同志社大の水ノ江和同教授(考古学)は「縄文時代に地域間の人の往来がすでにあったことを裏付ける発見」と話す。

 市教委は28日~4月25日に灘崎歴史文化資料館(岡山市南区片岡)で土器を展示する。

(2019年03月25日 23時16分 更新)

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