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長島愛生園の「遺産群」を図面化 将来考慮し建築家らが建物調査

長島愛生園に残る十坪住宅の壁に板を張るなどして補修する建築家や学生たち=11月
長島愛生園に残る十坪住宅の壁に板を張るなどして補修する建築家や学生たち=11月
 瀬戸内市・長島の国立ハンセン病療養所、長島愛生園で、岡山県内の建築家グループが園内にある老朽化した建物の構造などを調べ、図面化する活動に取り組んでいる。愛生園が療養所の世界文化遺産登録を目指す中、隔離の歴史を刻んだ“遺産群”の記録を詳しく残すことで、将来、倒壊などしても元の形で復元できるようにする。

 建築家は、赤磐市出身の詩人・永瀬清子さん(1906~95年)の生家修復を手掛けた島村鐵二さん(72)=岡山市=ら9人。愛生園で戦前、国民の寄付により建てられた患者向け小住宅「十坪(とつぼ)住宅」の修復・保存活動をするハンセンボランティア「ゆいの会」から協力を依頼された。

 建築家グループは十坪住宅4棟のほか、55年に全国の療養所で唯一の高校として開校された岡山県立邑久高校新良田(にいらだ)教室の理科室、講堂、男子寮、高校生が使った治療分室、入所者が働いていた牛舎の計9棟を調査。調査未了の牛舎を除き、復元に必要な平面図や外観の立面図、内部の壁や窓、家具の状況などを記した展開図、柱や梁(はり)のかけ方などを表した構造図、写真記録を作製した。

 図面作りと並行して、傷みが激しい建物には雨漏りを防ぐシートをかけたり、壊れた壁を板材で覆ったりするなど応急的な補修もしている。

 補修のための古い板材を見つけてくるなど、手弁当で作業している島村さんは「岡山の人間として長島に関わらなければとの思いが以前からあった」と話す。

 活動には岡山市の岡山理科大専門学校と岡山理科大で建築学を学ぶ約20人も参加。測量や補修のほか、建設当初の十坪住宅の模型も作って園に寄付した。

 「模型を見た入所者が当時の生活の様子を詳しく語ってくれた。残してほしいという強い思いを感じた」と専門学校の男子学生(21)=倉敷市。学生にとってハンセン病問題を学ぶ機会にもなり、学校では先輩から後輩に引き継がれる活動にしたいという。

 愛生園では30年の開園間もない頃の建物5件が近く国の登録有形文化財となる見込みだが、その他の建物も老朽化している。最終目標の世界文化遺産登録にはハードルが多く、当面の建物保存策は大きな課題だ。

 建築家グループの中心メンバーである片岡八重子さん(44)=岡山市=は「長島には社会と断絶された人々が必死に暮らしてきた証しがたくさん残っている。私たちの活動が多くの人の関心を集め、歴史保存への機運を高めることになれば」と話している。

 療養所の建造物保存 長島愛生園と隣の邑久光明園が目指す療養所の世界文化遺産登録には、建造物の法的な保護が必要。国の文化審議会は11月、愛生園で患者が最初に入った収容所(回春寮)、旧事務本館など5件、光明園で子どもの入所者が通った旧裳掛小・中学校第三分校、瀬溝桟橋など5件を登録有形文化財とするよう答申した。

(2018年12月30日 05時46分 更新)

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