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医療分野にもサブスクの波

サブスクの波は医療の世界にも押し寄せている(Adobestock/ipopba)
サブスクの波は医療の世界にも押し寄せている(Adobestock/ipopba)
渡辺豊彦さん
渡辺豊彦さん
 穏やかなお正月であった。特に何をするわけでもなく、ネットで音楽を聴き、映画を見ているうちに、お正月休みが過ぎ去っていた。お年玉をもらわなくなってからいったい何年が経過したのだろうか? 子どもの頃「あまり無駄遣いせずに、ちゃんと貯金するのよ!」という母や祖母の言いつけを聞き流し、もらったお年玉を握りしめて街へと飛び出し、映画館でお正月映画を見て、レコード屋で「ジャケ買い」(注1)を楽しんだものだ。
 
 今やレコード(CD)を買うこともなく、映画館で映画を見ることもなくなった(コロナ感染拡大の影響もあるが)。「ジャケ買い」など死語となっている。「Amazonプライムビデオ」、「Netflix」、「Spotify」などで好きなときに好きなだけ音楽を聴き、映画を見る時代となった。「サブスクリプション」の時代である。

 サブスクリプションとは、元々は新聞購読のような「定期購入」サービスであったが、最近では音楽・動画配信サービスのように「いつでも好きなときに、好きなものを好きなだけ定額で利用できる」というビジネスモデルへと変化した。「サブスク」と略して呼ばれる。今日ではデジタルコンテンツにとどまらず、ファッション、食事、ワイン、車など、あらゆる生活シーンに広がっている。わが国の2021年度のサブスクの国内市場規模(6市場計)は9,615億5,000万円であり、2024年には1.2兆円に達すると見込まれている(注2)。
 
 サブスクは買い物から「煩わしさ」を取り去ってしまった。音楽や書籍を購入する場合、店舗に行く必要がない。「どれだけ使っても料金は一定」なので、買い物の度に商品の値札を見て、財布と相談する必要はない。決済、包装、受け渡しも実物での取引を省略している。置き場所や管理を気にする必要もない。さらに商品を選ぶ必要すらない。ディープラーニングによりAI(人工知能)が個人の嗜好(しこう)だけでなく、年齢、性別、購入場所、時間帯までを分析し、最適な商品やコンテンツをリコメンドしてくれる。サブスクは「選択」という買い物における前提作業を省略したのだ。いろいろなものを何度も使ったり試したりすることができるので、気に入らなければ次のおすすめを使えばいいだけだ。

 女性にはブランドの洋服やバッグのサブスクもが人気があるようだ。シャネル、グッチ、プラダなどブランド品の洋服やバッグを所有するにはお金がかかる。しかしながら、サブスクであれば、月々手軽な金額で使い放題であり、洗濯や、クリーニングに出す必要もない。
 
 医療機関が患者に提供した医療サービス(診療行為)に対する対価として受け取る報酬のことを「診療報酬」というが、現在の日本の外来診療は「出来高払い」方式である。病気やけがで医療行為(診察・処置・手術・入院等)を行った場合、そこで発生した一つ一つの医療費を合計して病院側が請求し、一部は患者から、残りを社会保険組合や国が支払う医療保険制度である。わが国では、患者は自由に好きな医療機関を受診することができ(フリーアクセス)、診療回数も患者の要望で決めることができる。医療機関側も医療行為(診察・処置・手術等)を行えば行うほど医療収入が多くなるようになっている。

 医療費が国家財政を圧迫しつつある今、医療においてもサブスクが検討され始めている。厚生労働省は、患者が自分のかかりつけ医を登録し、診察料を月単位の定額として過剰な医療の提供を抑えたり、かかりつけ医以外を受診する場合は負担を上乗せして大病院の利用を減らしたりする案の検討を始めた(注3)。

 この診療報酬の支払い方式を「人頭払い制度」という。英国では医療費は基本的に税金で賄われ、患者は窓口負担もなく、保険料の支払いもない。ただ医療費を負担する国(National Health Service; NHS)は、かかりつけ医に対して、あらかじめ登録された人数に応じて医療費を支払うのである(人頭払い)。医療費を支払う国側(NHS)は定額を医療機関に支払い、患者は必要な医療サービスを受け取る「サブスク」である。この「サブスク」のメリットは、医療費を負担する国にとっては、定額なので医療費の管理がしやすく、医療費削減のためには有効である。

 一方、デメリットは、日本のように自由に医師や医療機関を選ぶことはできない。さらに、医療機関は、どれだけ検査や処置など医療行為を行っても定額なので、丁寧な診療をするインセンティブが少なくなり、患者側からすれば、適切な医療サービスが提供されない「過少診療」になりがちになる。事実、この支払い制度は評判が悪く、かつて英国では病院間の競争意識はなく、医療設備の老朽化、非効率的な病院経営、慢性的な医師不足で医療の質の低下をもたらした。特に、患者の一番の不満は自由に医師や医療機関を選択できないこと、さらに待ち時間の長さで、「受診するために数カ月待たなくてはならなかった」という話はよく知られている。
 
 しかしながら、医療においてサブスクの波が着実に押し寄せてきている。昨年7月Amazonが医療サブスクを提供するワン・メディカル社を約39億ドル(約5,000億円)で買収すると発表した。ワン・メディカル社はプライマリケア(初期診療、かかりつけ医療)を展開しており、約78万人の登録ユーザーがいる。199ドルの年会費を支払えば、オンライン診療やアメリカ国内の188のクリニックのどこでも受診可能というものだ。また、オンライン診療であれば24時間いつでも利用可能であり、予約の時間通りの診療の開始、同日・翌日の予約が可能であることを売りにしている。

 GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)など巨大企業をはじめ、なぜこれほど多くの企業がサブスクリプション・ビジネスモデルを採用しているのであろうか? サブスクでは1回限りの製品販売とは異なり、企業がユーザーとのつながりを強化しながら、使い続けたいと思ってもらえる必要がある。そのため企業が顧客をより深く理解するのに役立つシステムであるといえる。
 
 医療資源は有限である。簡単な診察や健康相談のように、従来は対面で医師が担ってきた医療サービスを、AIで代替することは「予測可能な未来」であり、わが国でも医療サブスク導入の可能性は高まる。医療においてサブスクリプションサービスを成功させるためには、顧客である患者さんの幸福と満足が不可欠である。それができれば、医師、医療機関は患者さんの信頼を獲得することが保証され、経営基盤も安定したものになりwin-winの関係性が構築されることになるのかもしれない。

注1)レコード、CD、本などの内容を知らない状態で、店頭でカバーやパッケージのデザインの好みや印象で購入すること

注2)矢野経済研究所調べ
https://release.nikkei.co.jp/attach/633906/02_202206081041.pdf

注3)2019年6月25日 日本経済新聞記事
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46515120U9A620C1MM8000/



渡辺豊彦(わたなべ・とよひこ) 岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学研究科教授。おしっこの専門家。排尿管理、尿路・性感染症、性機能、ロボット手術を得意とする臨床医。尿路感染症や下部尿路機能の診療ガイドラインの作成委員を歴任。管理職の経験をもとに、組織の中の多様な人間の行動についての経営学研究も行っている。岡山大学医学部卒、医学博士、経営学博士。1967年兵庫県姫路市生まれ。

(2023年01月24日 09時52分 更新)

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