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奈良期の瓦か 毎戸遺跡で大量出土 矢掛、駅家の実像知る手がかりに

毎戸遺跡から出土した大量の瓦。小田駅家の初期の建物に伴う可能性があるという
毎戸遺跡から出土した大量の瓦。小田駅家の初期の建物に伴う可能性があるという
奈良期の瓦か 毎戸遺跡で大量出土 矢掛、駅家の実像知る手がかりに
奈良期の瓦か 毎戸遺跡で大量出土 矢掛、駅家の実像知る手がかりに
 古代山陽道に設置された駅家(うまや)の一つ「小田駅家」跡と推定される毎戸(まいど)遺跡(岡山県矢掛町浅海)で23日までに、大量の瓦が出土した。過去の調査で見つかった平安時代(10世紀ごろ)の建物跡よりも古い、奈良時代(8世紀ごろ)に作られたとみられる。駅家が置かれた初期の大型建物に伴う可能性があり、発掘する同町教委は「駅家の実像を知る重要な手がかりになる」としている。

 駅家は奈良時代、都から全国に向けて整備された官道に約16キロごとに置かれた。往来する役人や外国使節が宿泊・休憩し、乗り継ぎ用の馬などが用意された。瓦ぶきの上等な造りで、国の威厳を示す役割もあったという。平安期の文献によると県内には「高月」「津高」など9カ所設けられたが、発掘調査で位置が判明しているのは小田駅家だけ。

 瓦は敷地(約80メートル四方)の北端付近で、長さ5メートル、幅1・5メートルの試掘溝一面に堆積していた。奈良・平安期に多く作られた布目瓦で、乱雑に破棄されており、建物を壊した際などに寄せ集めたものと考えられる。

 小田駅家は8~10世紀に存続したとされ、県教委が井原線建設に伴い1974年に、同町教委も2014、18年に発掘調査。確認した柱穴などから、中心的な正殿1棟と脇殿2棟が並んでおり、建築時期は10世紀ごろと推定していた。

 町教委の西野望主幹は「今回の瓦の多さは、より古い時代に大型か複数の建物があったことをうかがわせる。県全体でも貴重な遺跡であり、全容解明を目指したい」と話している。

 24日午前10時半~正午に現地説明会を開く。駐車場がないため、公共交通機関での来場を呼び掛けている。問い合わせは町教委(0866―82―2100)。

(2022年11月23日 19時36分 更新)

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