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アントニオ猪木さんが死去 プロレスブームをけん引

 アントニオ猪木さん
 アントニオ猪木さん
 1979年8月、プロレスのオールスター戦でタッグを組んだジャイアント馬場(右)とアントニオ猪木さん=日本武道館(山内猛氏撮影)
 1979年8月、プロレスのオールスター戦でタッグを組んだジャイアント馬場(右)とアントニオ猪木さん=日本武道館(山内猛氏撮影)
 「燃える闘魂」のキャッチフレーズで昭和、平成のプロレスブームをけん引し、参院議員も務めたアントニオ猪木(本名猪木寛至=いのき・かんじ)さんが1日午前7時40分、心不全のため自宅で死去した。79歳。横浜市出身。マネジメント会社が明らかにした。

 中学の時にブラジルに移住。遠征した力道山の目に留まり、17歳の時に日本プロレス入団。力道山の死後、ジャイアント馬場とのコンビでプロレス人気を復活させた。

 89年にスポーツ平和党(当時)から出馬し参院選に当選。2013年の参院選では日本維新の会から立候補して国政へ復帰した。20年に心臓の病気を患っていることを公表した。

(2022年10月01日 12時12分 更新)

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