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映画「とんび」と重松清を追って(2) ふるさとと父祖への深い思い

渋川海岸に建つホテル。テレビドラマ「流星ワゴン」のロケ地として登場する
渋川海岸に建つホテル。テレビドラマ「流星ワゴン」のロケ地として登場する
久米図書館で保管されている重松さん直筆のサイン
久米図書館で保管されている重松さん直筆のサイン
重松さんの生家周辺の、どこか懐かしい風景=津山市
重松さんの生家周辺の、どこか懐かしい風景=津山市
海本友子さん
海本友子さん
 直木賞作家重松清さんの人気作品「流星ワゴン」のドラマを見ていた時、「あれ? 見たことがある風景」と思うことがあった。冒頭に出てくる海、そしてその海岸に建つ父親が入院している病院である。この作品は、福山市が物語の舞台で、多くのシーンに鞆の浦が出てくるし、福山城も出てくる。

 しかし、この海は、動画配信サービスで確かめると、やっぱり近くの渋川海岸(玉野市)だった。「福山総合病院」と表示が書かれている建物は、渋川海岸に建つホテルである。表示は多分加工されたものであろう。

 他にも重松さん原作の映画、ドラマにはどこかで見たような懐かしい景色が多く出てくる。それは当然彼の小説からイメージされる風景だからであろう。また、それは彼が岡山県出身だからであろうか?

 自身の著書『セカンド・ライン』(エッセイ集)の中に「ぼくは転勤族の息子だった。先日数えてみたら、生まれてから十八歳で一人暮らしを始めるまでの間に、九回の引っ越しを経験していた。同じ街の中での転居もあれば、大阪から名古屋、名古屋から鳥取県、鳥取県から山口県といった長距離の引っ越しもあった。」と書いている。小学校は転校を6回もし、中学、高校は山口県で過ごし、山口県立山口高校を卒業している。

 一方で、「出身は岡山県K町と答える。戸籍上の本籍地もそうなっている。」が、「K町で生活したことがない。」とある。K町は久米町(現津山市)である。退職後、ご両親は岡山県北部のこの町で暮らしていたと聞く。自身も、祖父母の住む岡山の北部に年に数回、合計1週間ほどは帰省してきたと書いている。

 重松さんは数え切れないほどの作品を書いている。心の機微を捉え、人の心を揺さぶる。涙腺キラーと呼ばれる小説の名手である。家族関係、父と子、思春期の少年、いじめや不登校、ニュータウンの物語など、読みやすくて心に響く小説を書き続けている。

 元々は雑誌社で編集者として勤務していたが、後にフリーライターとして独立して、ドラマや映画のノベライズを手掛けたり、雑誌記者、ゴーストライターなどもしてきたという。その時に使ったペンネームが20を超えるとか。

 中でも、しばしば使った「田村章」「岡田幸四郎」は、祖父の名前だという。生まれた時にはすでにいなかった母方と父方の祖父である。特に、母方の祖父「田村章」は文学青年らしい日記を残していた。重松さんが岡山を代表する坪田譲治文学賞(1999年)を受賞した時に、今まで見せてもらえなかったものを、母から渡されたそうである。ここに重松さんの望郷、自分の父祖への深い思いを感じるのである。

 彼の作品が上手すぎるせいか、「自伝ですか?」と聞かれることがあるが、自伝的という言い方が妥当であろう。実話や実録ではない。強いて言えば、心やイメージの体験が書かれていると言えるのではないか。例えば「とんび」で言えば、重松氏の父親は確かに運送会社に勤めてはいたが、現場の運転手ではなかったようだし、両親がそろった家庭で育っている。

 瀬戸内海に沿った地方都市がよく出てくるのは、中学、高校時代を過ごした山口県だったかもしれないし、転居を繰り返した町や帰郷の時の心に残った岡山の風景だったかもしれない。キュンと胸が締め付けられるような吃音(きつおん)の少年の物語「きよしこ」は山口県が舞台として登場する。重松清さんが吃音であったことは知られている。その経験ゆえに「きよしこ」は心を打つ名作になったのであろうが、もちろん小説はすべてが実話ではない。

 作品のすべてを書き出すことはできないが、その中の多くに、岡山や瀬戸内地方を感じさせるものが登場する。故郷から長く離れていても、やっぱり、ふるさとはここだと感じられるのがうれしい。

 今回は、小説の舞台としては、直接的にはあまり登場してない重松さんの生まれた故郷を訪れた。2005年に津山市に吸収合併された久米町を目指し、中国自動車道院庄インターを降りて西に走った。久米図書館にあらかじめ問い合わせていたが、ここで学校に通うなどの生活をしていないため、郷里での足跡がほとんど見つからない。それでも、図書館の方が丁寧に対応してくれ、ここならではの古い新聞記事などの資料を集めてくれていた。

 実は私は2001年に重松さんが直木賞を受賞した時の「オール讀物」も大切に持っているし、その後の著書もかなり読んできた。しかし、そういったものに載っておらず、重松氏が津山市や学校などで話したことが掲載されている貴重な資料を見せてもらった。ローカル色豊かなものだった。来た甲斐(かい)があった。

 できることなら、重松さんの出身の地、生家あたりの雰囲気だけでも味わいたいと思ったが、図書館や公民館の方たちは知らないと言うし、個人情報になるので、軽々には聞けない。ところが、この図書館でお会いした方が、案内できる人を紹介してくれた。すぐ近くということである。近所迷惑にならない程度にそっと近辺の雰囲気を見せてもらった。

 こういう取材をしていると、本当に思いもよらない出会いがあり応援団にもなってくれる。住んだことがないという重松さんの郷里を堪能し、理解が深まった気持ちになった。

 ◇

 海本 友子(うみもと・ともこ) 岡山県エッセイストクラブ会員。中学校・高等学校教諭、大学教授として活躍し、専門は教育・文学・文学表現・臨床心理学。学校現場で郷土の文学に触れた経験を生かしながら、実際にその地を歩いて取材し、岡山ゆかりの文学者らの足跡とその周辺に散らばる風景や文化を紹介する。倉敷市在住。1948年生まれ。

(2022年06月22日 14時30分 更新)

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