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「自分の望む野球人生を」 佐々木朗、恩師が幸せ願う

 大船渡高3年だった2019年7月、全国高校野球選手権大会の岩手大会決勝で登板を回避し、当時の国保陽平監督(右)と並んでベンチに座る佐々木朗希投手=盛岡市の岩手県営野球場
 大船渡高3年だった2019年7月、全国高校野球選手権大会の岩手大会決勝で登板を回避し、当時の国保陽平監督(右)と並んでベンチに座る佐々木朗希投手=盛岡市の岩手県営野球場
 プロ野球ロッテの佐々木朗希投手は入団3年目の今季、完全試合を達成するなど才能を開花させた。岩手・大船渡高3年だった2019年夏には、全国高校野球選手権大会の岩手大会を勝ち進みながら決勝の登板を回避した経緯がある。同高で指導した国保陽平前監督(現野球部長)は「壊さないで次のステージにというだけ」と当時の心境を振り返り、「歴史を塗り替えてほしいとか、そういうことではない。自分自身の望む野球人生を歩んでもらえれば」とプロで大きく羽ばたいた教え子の幸せを願った。

 佐々木朗は高校3年の4月に163キロを投げて「令和の怪物」と称され、同高は35年ぶりの甲子園出場が期待されていた。だが、国保前監督は前日の準決勝で129球を投げたことや決勝当日の朝の様子などを踏まえて起用しないことを決断し、試合前に本人に説明した。もちろん勝利を諦めたわけではなく「(佐々木朗を)外しても勝ちたい」と思っていたが、ひのき舞台へは届かなかった。

 中軸を打っていた同期の木下大洋さんは、先発メンバーに「4番・エース」の名前がないことに驚いたという。「やっぱり何で投げないのか、投げていたら勝てていたかもしれないという思いは少なからずあった」と率直に打ち明けた。ベンチの佐々木朗は、いつもより元気がなかったように見えたという。

 3年を経て、「怪物」はプロでも規格外の投球で打者を圧倒する投手に成長した。将来を見据えた判断が成功を導いた形となっているが、国保前監督は「あのときに投げなかったから、これがいいでしょうと言うつもりはない」と控えめに言う。

(2022年05月30日 17時43分 更新)

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