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水が変われば酒質も変わる!? 真庭2蔵元の”挑戦酒”を飲む

「まにわ発酵’s」による共同醸造プロジェクトから誕生した「御前酒 HACCOS 2022」(辻本店=右から2番目)と「大正の鶴 HACCOS 2022」(落酒造場=左端)。通常商品の「大正の鶴 特別純米 無濾過生原酒」(左から2番目)や「御前酒 1859」との飲み比べも試した
「まにわ発酵’s」による共同醸造プロジェクトから誕生した「御前酒 HACCOS 2022」(辻本店=右から2番目)と「大正の鶴 HACCOS 2022」(落酒造場=左端)。通常商品の「大正の鶴 特別純米 無濾過生原酒」(左から2番目)や「御前酒 1859」との飲み比べも試した
落酒造場の仕込水(左)は硬度約130mg/Lと、岡山県内の酒蔵ではトップクラスの硬さ。一方、辻本店の仕込水は32mg/Lと軟らかい
落酒造場の仕込水(左)は硬度約130mg/Lと、岡山県内の酒蔵ではトップクラスの硬さ。一方、辻本店の仕込水は32mg/Lと軟らかい
辻本店の辻麻衣子杜氏(左)と落酒造場の落昇杜氏
辻本店の辻麻衣子杜氏(左)と落酒造場の落昇杜氏
市田真紀さん
市田真紀さん
 「軟水と硬水。互いの水を交換して酒を仕込んだら、どんな酒質になるだろう」。日本酒の造り手が抱いたこんな疑問から、ある興味深いプロジェクトが立ち上がった。

 岡山県真庭市の企業7社によって2012年に結成された「まにわ発酵‘s(はっこうず)」は、酒類やみそ、しょうゆ、チーズといった発酵食品の造り手たちがイベントやツーリズムなどを通して地域の魅力発信を担ってきたグループだ。このうち、日本酒の醸造を手掛ける辻本店(同市勝山)と落酒造場(同下呰部)が、技術交流の一環として今回初めて行ったのが、冒頭のプロジェクト。「御前酒」を醸す辻本店の地下に湧く軟水と「大正の鶴」を生み出す落酒造場のミネラル分豊富な硬水とを交換し、「御前酒」は硬水、「大正の鶴」は軟水で仕込むという、全国的にも珍しい取り組みに挑んだ。

 それぞれの仕込みは、両蔵の杜氏が共同で実施。途中経過や技術上の相談を電話などで頻繁に行いながら造り上げたそうだ。このチャレンジングな試みに胸が躍った私は、落酒造場が辻本店の仕込水で醸した「大正の鶴 HACCOS 2022」と、辻本店が落酒造場の仕込水で造った「御前酒 HACCOS 2022」を早速購入。併せて、それぞれの酒に近いスペックの定番商品も入手し、水が酒造りや酒質に与える影響を独自に“検証”した。

 まずは、「HACCOS」シリーズの飲み比べから。辻本店の軟水で仕込んだ「大正の鶴 HACCOS 2022」は、キリリと辛口でしっかりとした旨み。香りと味わいには、いつもの「大正の鶴」らしさがあった。半面、口当たりや全体をまとう質感にはやわらかさや滑らかさを感じ、余韻も心なしか長く思えた。これが軟水の特性によるものだろうか。一方、落酒造場の硬水で醸した「御前酒 HACCOS 2022」は、含んだ瞬間こそやわらかさを感じたものの、香りや味わいはどこか“閉じた”印象。後口には心地よい苦みやミネラル感が広がり、しばらく冷蔵庫やセラーで寝かせておくことで、将来旨みが開く予感がした。どちらの酒もいつもの酒質設計をベースにしているためか、香味のニュアンスにはそれぞれの銘柄らしさがあったが、口当たりや味わいの開き方、アフターの余韻といった酒の骨格をなす部分においては、水がなんらかの影響を与えているような印象を抱いた。これらの感想はあくまで主観によるものだが、普段から両蔵の酒を愛飲していることもあり、明確な個性の違いを実感した。

 さらに同銘柄でスペックの類似した通常商品と比べてみたところ、あらためて「水ひとつでこんなにも酒の表情が変わるものか」と驚いた。「大正の鶴 特別純米」の力強くて引き締まったボディやスパっとキレる後口に対して「HACCOS」のそれはエレガント。「御前酒1859」の滑らかなテクスチャーとふくよかで幅のある旨みに対して「HACCOS」の酒には夏から秋にかけて味が伸びるポテンシャルを予感したのだ。

 飲み比べを通じて、軟水と硬水では口当たりが違うだけでなく、ミネラル成分や量の違いで味わいや酒質にも差が生じることが体感的にわかった。一方、造り手にとっては仕込水が変わってしまうと、原料の配合から醪(もろみ)の温度経過まで各工程で細やかな調整が必要になる。慣れない水を使っての両蔵のチャレンジはまさしく驚きと発見に満ちていたことだろう。水を大量に使う日本酒の醸造において水質の異なる水を交換する試みは一般的にハードルが高いものだが、これも互いの蔵が車で30分程度の近い距離にあること、仕込水は同じ旭川水系であるにも関わらず、一方では硬水、もう一方では軟水が湧くという珍しい環境があってこそ実現したプロジェクトである。飲み手としては、彼らのチャレンジはもちろん、水をめぐる真庭の風土にも思いを馳せながら飲み比べを楽しみたいものだ。

     ◇

市田真紀(いちだ・まき) 広島市出身の日本酒ライター。最近の主な活動は、日本酒業界誌『酒蔵萬流』の取材執筆や山陽新聞カルチャープラザ「知る、嗜む 日本酒の魅力」講師など。このほか講演やイベントの企画・運営を通して、日本酒や酒米「雄町」の認知拡大を図っている。夏は田んぼ、冬季は蔵が取材フィールド。たまに酒造り(体験・手伝い)。SSI認定きき酒師、同日本酒学講師。J.S.A SAKE DIPLOMA取得。1970年生まれ。

(2022年05月24日 11時30分 更新)

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