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感染後「カレーにおわない」 香りのプロ9カ月嗅覚戻らず

感染後「カレーにおわない」 香りのプロ9カ月嗅覚戻らず

 収束の見通せない状況が続く新型コロナウイルス。感染者の中には長期にわたって後遺症に悩まされる人も少なくない。オリジナル香水作成などを手掛け香りのプロデューサーとして活動する藤原真由美さん(49)=岡山市=は、感染から9カ月たつ現在も嗅覚が大幅に低下したままで、定期的に通院を余儀なくされ、日常生活はもちろん仕事にも影響が生じている。においの分からない状態とはいったい―。

療養2日目の異変


 「例えばカレー。普通なら鍋の近くにいなくても漂ってくる強烈な香りで『今日のご飯はカレーだな』と気付くでしょ? それが自分で作っていても何もにおわないんです」
コロナ感染から9カ月たつ今も嗅覚障害に悩む藤原さん。手にした香水瓶の香りはこの距離でも「よく分かりません」
コロナ感染から9カ月たつ今も嗅覚障害に悩む藤原さん。手にした香水瓶の香りはこの距離でも「よく分かりません」

 そう話す藤原さんがコロナに感染したのは、1回目のワクチン接種を済ませた後の昨年7月末。先に陽性が判明した夫(42)からの家庭内感染という。夫は宿泊療養施設に入り、自身は自宅療養が決定。異変を自覚したのは療養生活2日目のことだった。

 40度近い高熱の中、体力を失わないよう簡単にできるかけうどんを作って食べた。だが「だしの香りが全くしない。麺もゴムをかむ感じ。衝撃でした」。
感染後「カレーにおわない」 香りのプロ9カ月嗅覚戻らず

 香りも味もない食事は数日続き、体調が快方に向かうとともに味覚は徐々に戻ってきた。ただ、嗅覚が一向に回復しないため細やかな風味は感じ取れない。食生活は一変し、だしのようなまろやかな味ではなく、焼き肉のタレ、梅干し、イカの塩辛といった濃い味のものばかりを好んで食べるようになった。

嗅覚再生へトレーニング


 コロナの後遺症を専門に診療する岡山大病院(岡山市)の「コロナ・アフターケア外来」を受診したのは9月。嗅覚の状態にあまり改善が見られないまま1カ月がたち、かかりつけ医の紹介で2週間に1度の通院が始まった。

 アレルギー検査やCT検査では異常は見つからず、現在まで続く治療では血行をよくする漢方薬で体調を整えながら、嗅覚のテストを兼ねたトレーニングを重ねる。花の香りから不快臭まで数十種類に上る香りの成分を詰めた小瓶を一つ一つ嗅ぐことで、嗅覚機能の再生を目指す。どの程度判別できたかで回復の度合いも測れる。
エッセンシャルオイルや香水
エッセンシャルオイルや香水

 嗅覚障害を含めてコロナの後遺症については原因がよく解明されていない部分も多く、通院の頻度は3カ月に1度に下がったものの、いつ終わるのか見通しははっきりしていない。実際、今も自己評価では「『何かにおいはするけど…』というレベルのものが大半。まだ以前の2割ぐらいしか戻っていない」という。

納得いく仕事になっていない


 影響は多方面に及ぶ。オフィスや施設の空間が快適になるよう香りをプロデュースしたり、個人のオーダーに応えてオリジナルの香水を作ったりする“香りの専門家”として20年以上働いてきただけに、特に仕事面では深刻な不都合が生じた。

 クライアントの希望を踏まえ、どのエッセンシャルオイル(精油)を組み合わせればどんな香りを誕生させられるか、必要なノウハウは豊富に身に付いている。「でも現実に完成した香りを嗅いでも自分では分からない」。クライアントが確認し、納得していることは間違いないが「自分自身が納得のいく仕事になっていない。申し訳ないし、つらい」。
香りの専門家として活動してきただけに、においが分からない影響は多方面に及ぶ。「自分が納得のいく仕事ができない」と打ち明ける
香りの専門家として活動してきただけに、においが分からない影響は多方面に及ぶ。「自分が納得のいく仕事ができない」と打ち明ける

夜、恐怖が消えない


 家にいても料理や食事がしづらいだけでなく、「火事になったら煙のにおいに気付くだろうか」「ガス漏れが分からないかもしれない」と心配や懸念が付きまとう。
感染後「カレーにおわない」 香りのプロ9カ月嗅覚戻らず

 自他ともに認める前向きな性格もあって「昼間は『まあ、そのうち戻るだろう』と思って過ごしている」と話す藤原さん。それが夜になると一転「『このままもう治らなかったらどうしよう』と恐怖が消えない。自分だけが暗闇に取り残されているような孤独を感じてしまう」。不安そうな表情で苦しい胸の内を明かした。

【関連記事(1)】岡山大病院 受診者の症状

最多は倦怠感 嗅覚、味覚障害も目立つ


 新型コロナウイルスの後遺症で岡山大病院総合内科・総合診療科のコロナ・アフターケア外来を受診した患者は、昨年2月の外来開設から今年2月までの1年間に計225人(男性92人、女性133人)。具体的な症状(重複あり)は、倦怠感(114人)を筆頭に、嗅覚障害78人▽味覚障害71人▽脱毛57人▽頭痛41人▽呼吸困難感36人▽睡眠障害30人▽めまい15人▽微熱14人▽せき13人▽動悸(どうき)12人―などとなっている。



 年齢や感染時に発症した症状の軽重はさまざまで、225人のうち163人(72・4%)は同病院やかかりつけ医で平均半年以上の長期間にわたって治療を継続中。治療のための通院を終えたのは62人(27・6%)にとどまった。

 同病院のコロナ・アフターケア外来は予約制。コロナの感染から1カ月以上が経過した人が対象で、受診にはかかりつけ医の紹介状が必要。血液検査や問診などを行った上で、精神科神経科や耳鼻咽喉科といった院内他科の専門医と連携して治療に当たる。

【関連記事(2)】LINEアンケート 身近に広がる後遺症


 新型コロナウイルスの後遺症に関しては、山陽新聞社が通信アプリのLINE(ライン)を使って4月5~10日に実施したアンケートでも、自身や知人の体験としてその有無について多くの報告が寄せられた。特に、身近な知人が後遺症で悩んでいると説明する回答者が目立った。



 倉敷市の50代主婦は「周りに軽症でも味覚障害などの後遺症が残っている人がいる。まだ辛い味がダメだと…」と紹介。赤磐市の40代主婦は「知り合いが陽性になり、治ったと思ってもせきが止まらない」と記述した。

 「知人が呼吸機能の後遺症が1年以上続いているのでとにかく皆で気を付けよう」と感染への注意も併せて記したのは、製造業という倉敷市の50代回答者。岡山市の50代主婦は「私の周りにも、味覚、嗅覚、倦怠感、頭痛で悩んでいる人、後遺症外来に通っている人がいる」とし、「時間が薬、慌てず焦らず受け入れるしかないのだと友人は話してくれた」とつづった。

 一方で「息子が感染したが、軽症で後遺症はなかった」(岡山市、60代男性)、「娘が2回かかったが、今のところない」(倉敷市、福祉施設職員の50代女性)と後遺症が見られなかったという人も複数いた。

 感染時や後遺症が現れた場合に慌てないよう、準備しておく必要性を訴える意見も。吉備中央町の50代の女性介護福祉士は「生活に必要な食品や日用品のストック」を提案。倉敷市の40代女性は「入院セットと自宅療養セットを自作し備えている」と自身の取り組みを披露した。

 後遺症の有無を巡って、岡山市の20代男性看護師は「どんな疾患にも患った後には後遺症のような症状が残る。すぐに軽快する疾患の方が逆に少ない」と指摘し、コロナだけを過剰に不安視することに疑問を呈した。

(2022年05月01日 17時17分 更新)

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