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渋沢栄一と阪谷朗廬の世界 井原・芳井地区

阪谷朗廬が開設した私塾「桜渓塾」
阪谷朗廬が開設した私塾「桜渓塾」
谷崎潤一郞も愛飲した山成酒造
谷崎潤一郞も愛飲した山成酒造
地域の歴史が分かる「芳井歴史民俗資料館」
地域の歴史が分かる「芳井歴史民俗資料館」
海本友子さん
海本友子さん
 日本資本主義の父と称される実業家・渋沢栄一が主人公のNHK大河ドラマ「青天を衝け」は終わってしまった。余韻が冷めないうちにと、渋沢と井原の地とのつながり、郷校興譲館の初代館長で親交のあった漢学者・阪谷朗廬の足跡を訪ね、急ぎ書かせていただいた。

 井原市は、源氏の武将・那須与一ゆかりの地としても知られている。以前このコラムで取り上げた平家物語の取材に訪れた時は、折しも、西荏原地区で「青天を衝け」のロケが行われた直後であった。

 井原訪問の後、朗廬についてさまざまな資料を目にすることが多くなり、知識も興味も広がった。そこであらためて、朗廬の足跡を追ってみたくなった。このような立派な人物が郷土にいたことがうれしく誇らしい気持ちになったことも取材の後押しをしてくれた。

 前回は、ロケが行われたという、渋沢が仕えていた一橋家ゆかりの稲荷神社、興譲館高校を訪れた。今回は旧山陽道沿いの西荏原地区や井原市街より北に位置する芳井地区を訪問。朗廬が28歳の時、伯父の山鳴大年の支援を受け開いた私塾「桜渓塾」がある。ここに全国から志士が集まり、朗廬の名声と活躍が広がっていたということである。

 井原市街地から北に向かったが、芳井地区は予想よりずっと近くにあった。まずは芳井歴史民俗資料館(同市芳井町吉井)を訪れた。地域にひっそりと建つこのような施設には思う以上の収穫がある。このたびも受付の女性職員が多くの資料を提供してくれ、朗廬の実家と深い姻戚関係のある山成酒造(同簗瀬)の場所、近くに天神峡という有名な景勝地があることも教えてもらった。

 来た道を南へ引き返すと、すぐに道沿いに旗がたなびく山成酒店を見つけた。奥には白壁に山成酒造、「蘭の誉」と書かれた酒蔵が見える。酒造の奥さまから、この「山成酒造」と阪谷朗廬、阪谷家との関係を聞いた。阪谷と山成の縁戚とは、阪谷朗廬の母も妻も山成家より嫁入りしており、桜渓塾の支援をした山鳴(山成)大年はこの家の当主という。

 「このような田舎では家に見合った嫁を見つけるというのは至難だったから、何代にもわたって同じ家との婚姻を重ねるということにもなったのでしょう」という話はおもしろかった。この地に立って聞くと実感を伴って納得がいった。

 さて、今回一番の目的「桜渓塾」へ向かう。脇道に入りかなり急な山あいの道を上って、山中に入っていった。驚いた。本当に山の中にあったのである。しかし、その敷地周辺は保存会によって立派に整備され、建物もきれいに残されていた。1851年の江戸末期、交通の便もなかった頃、この山深き所に若者たちが集まってきていたのである。この地と建物、時代背景に圧倒され深く心を打たれた。

 ここに続く道はさらに山を登り西へ向かっていた。ここ芳井町は岡山県の県境で古くから広島県福山市と文化を同じにしてきている。明治維新後、朗廬は広島藩の藩政顧問として請われ主に従って上京している。修道館(現在の修道中学・高校)の主席教授も務め学校の成り立ちに貢献している。山に囲まれた芳井町であるが、街道は縦横に広がり他地区とつながっていた。

 芳井町は小田川沿いに南北へ延びている。この川沿いの国道313号線は途中からう回して高梁、真庭市へ至る。また、西の広島県に続く脇道も多い。そのまま北に向かう道や美星町へつながる道など多くの道が交差していて、車がない時代も交流が盛んだったことが想像できる。明治ごんぼうで名高い芳井町明治地区への道もあり、朗廬など多くの名士を輩出した坂田家(朗廬の生家の姓)跡が残っている。

 戦争中に真庭市勝山地区に疎開していた文豪谷崎潤一郎は山成酒造の「蘭の誉」を愛飲していたと言われている。高梁からさらに北の勝山へ山成酒造の酒が運ばれたのだろう。

 中央に出て活躍した朗廬はじめ、縁者親類、育てた塾生など多くの優秀な人材がこの山深き里から輩出された。ドラマにも登場した渋沢の二女琴子と結婚した朗廬の四男芳郎は、大蔵大臣になり東京市長も務めている。

 最後に、この朗廬ゆかりの文学散歩、取材を通じて、岡山ゆかりの興味あるうれしい発見があったことも書きとどめておきたい。

 その1.大河ドラマ「青天を衝け」のチーフ演出は、岡山出身の黒崎博氏であった。黒崎氏は話題作「セカンドバージン」「太陽の子」なども演出し、受賞歴も多い。NHK職員で映画監督でもある。

 その2.人気のお笑い芸人「千鳥」のノブの実家が芳井町にあり、今回紹介した所から近い。市の天然記念物の「早川のカヤ」が敷地内にあることで有名で、井原市文化財ガイドブックにも載っている。

 ◇

 海本 友子(うみもと・ともこ) 岡山県エッセイストクラブ会員。中学校・高等学校教諭、大学教授として活躍し、専門は教育・文学・文学表現・臨床心理学。学校現場で郷土の文学に触れた経験を生かしながら、実際にその地を歩いて取材し、岡山ゆかりの文学者らの足跡とその周辺に散らばる風景や文化を紹介する。倉敷市在住。1948年生まれ。

(2022年01月12日 11時00分 更新)

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