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方谷が江戸で販売 備中鍬を復刻 顕彰団体が功績PRへ

当時の技法で備中鍬作りに取り組む大月さん
当時の技法で備中鍬作りに取り組む大月さん
復刻した備中鍬
復刻した備中鍬
 備中松山藩の儒学者・山田方谷(1805~77年)が藩内で使われていた刃が3~4本ある鍬を江戸で販売し、全国に広まったとされる「備中鍬(ぐわ)」を高梁市内の刃物製造業者が復刻した。当時の工法で製作し、形状を忠実に再現。藩財政を立て直した方谷の功績の一つとして、顕彰団体がPRに活用する。

 方谷を顕彰するNPO法人「平成牛麓舎(ぎゅうろくしゃ)」が、方谷の生誕地に近い同市川面町で包丁や鍬を製造している「大月刃物工場」に製作を依頼。工場長で市内でも数少ない鍛冶職人の大月武志さん(75)が、山田方谷記念館(同市向町)に展示されているレプリカを参考に5月から取り組んだ。

 当時の一般的な鍬は、刃の部分が1枚の平面だったのに対し、備中鍬は刃が複数に分かれているのが特徴。大月さんは、長さ約65センチの鉄を「コ」の字状に折り曲げ、真ん中に1本の刃(長さ約25センチ)を接合して、長さ1・2メートルの木の柄に取り付けた。

 刃の接合には、溶接機械がなかった当時に主流だったとされる「鍛接(たんせつ)」の技法を採用。接合面に粘度のある土を塗って約千度の熱を加え、金づちで打ち固めた。現在は強度を高めるため刃全体に用いられる鋼も、資源が貴重だった当時に倣い、特に強度が必要な先端のみに使った。

 職人歴約50年の大月さんが試行錯誤を重ねた労作は11月に完成。「電気も機械もない時代は全て手作業。相当の熟練の技と手間が必要だったはず」と振り返る。方谷の玄孫(やしゃご)で同記念館館長の山田敦さん(67)は「刃の形など細部まで再現されている。方谷の備中鍬への思いが伝わってくる」と絶賛する。

 方谷は地域で豊富に採れる砂鉄を原料に大量生産した鍬を「備中鍬」としてブランド化し、江戸で販売。従来の鍬より少ない力で深く掘れることから全国に広まった。藩の産業振興や財政再建だけでなく、国内の農業生産向上につながったとされる。

 再現した備中鍬は、「平成牛麓舎」が開くイベントで展示する予定。同法人の福本洋之代表(58)は「当時の技術や文化を感じてもらうとともに、方谷の知名度向上につなげたい」と話す。

(2021年12月04日 16時06分 更新)

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