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内密出産 母子の命を守る法整備を

 病院以外に身元を明かさずに出産する「内密出産制度」の初の事例にはならなかったものの、予期せぬ妊娠に悩む女性を支えるため、法整備に向けた議論を急ぐべきだ。

 熊本市の慈恵病院が先月下旬、「誰にも知られずに出産したい」と訴える未成年の女性を保護していると発表した。今月、女性は無事に出産し、一転して家族に打ち明けることに同意したため、内密出産は回避された。ただ、ほかにも内密出産の希望者はいるという。

 慈恵病院は親が育てられない赤ちゃんを匿名で受け入れる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を設置していることで知られる。2007年の開設から今年3月末までに計159人が預けられた。このうち半数は医療関係者が立ち会わない自宅などでの「孤立出産」とみられる。7割は熊本県外から長距離移動をしてきており、母子の安全が懸念される状況だった。

 母子の命を守るためには匿名での出産も受け入れざるを得ないとして、病院は19年に、孤立した状況で出産が迫っている場合に限り、内密出産を受け入れると公表。昨年6月からは、困窮している遠方の妊婦を出産まで一時的に預かる保護室を設けている。

 新生児を匿名で預かると表明している施設は全国でも慈恵病院だけで、予期せぬ妊娠に悩む女性の駆け込み先になっている。今月出産した女性も東日本から訪れていたといい、一部地域にとどまる話ではないことが分かる。

 慈恵病院が参考にしているのがドイツだ。約20年前から「赤ちゃんポスト」を設置する施設や、匿名での出産を受け入れる病院があったものの、子どもの出自を知る権利が保障されないとの批判が高まり、14年に内密出産を法制化した。周囲に妊娠を知られたくない女性は相談機関に身元を明らかにする書類を預けた上で、医療機関で匿名で出産できる。生まれた子どもは16歳になると、情報開示を求める権利を得るという。

 慈恵病院が最初に内密出産制度の検討を表明したのは17年で、このとき、熊本市も国に法整備の検討を要請した。しかし、4年たっても国が動く気配はない。現行法に抵触しないのかどうかや、民間病院だけで親の情報を安全に保管し続けられるのかなどいくつもの課題が指摘されており、熊本市など政令市でつくる指定都市市長会も繰り返し、制度の検討を国に要請している。一民間病院、一地方自治体で解決できる問題でないことは言うまでもない。

 望まない妊娠に悩み、孤立出産して赤ちゃんを遺棄する悲劇は各地で繰り返されている。内密出産という選択肢があれば、受診する女性がいることは慈恵病院の取り組みからも明らかだ。母子の命を守ろうと奮闘する医療現場の問題提起を受け止め、国は専門家を交え、法制化に向けた検討を始めてもらいたい。

(2021年11月30日 08時00分 更新)

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