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乱歩と正史が岡山で巻いた連句 終戦後、探偵小説復興の願いを込めて

倉敷市真備町に残る横溝正史疎開宅。ここで江戸川乱歩との連句も詠まれた
倉敷市真備町に残る横溝正史疎開宅。ここで江戸川乱歩との連句も詠まれた
青山融さん
青山融さん
 戦後まだ間もない1947年(昭和22年)の晩秋、江戸川乱歩(当時53歳)は探偵小説復興をPRするため関西方面へ長期講演旅行に出かけ、名古屋・神戸・京都・三重などをめぐる途中、岡山県の吉備郡岡田村字桜(現在の倉敷市真備町)に疎開中だった横溝正史(当時45歳)を訪ねました。

 正史はすでに前年、戦後探偵小説の先陣を切って『本陣殺人事件』と『蝶々殺人事件』を発表し、この年には『獄門島』を連載中でした。いっぽう、日本探偵作家クラブの発足とともに会長に選任されたばかりの乱歩は、この年に随筆集『幻影の城主』と評論集『随筆探偵小説』を刊行していたものの、まだ小説の新作はありません。

 乱歩が岡山に滞在したのは、この年11月13日から16日までの4日間でした。滞在中の出来事は正史が疎開先で書いた『桜日記』に次のように簡潔に記されています。なお「西田氏」とは正史の古くからの友人で探偵小説家の西田政治のこと。

 11月13日(木)。午後、鬼怒川君先づ来り、3時すぎ、江戸川、西田氏トヨペットにて来訪、記念撮影。暁の5時まで江戸川さんと話をする。 
 11月14日(金)。2時から講演会(倉女)、自分は「探偵小説の面白味について」。夜、座談会、宴会。  
 11月15日(土)。阿知波、妹尾両氏来り座談会。夜江戸川、西田両氏と連句。
 11月16日(日)。江戸川、西田、鬼怒川三氏、ジープにて出発。後気抜けした如し。

 乱歩自身はこの間の出来事を随筆集『探偵小説四十年』の中で次のように記しており、正史の日記と対照すると、なかなか興味深いものがあります。

 11月13日(木)。西田政治と神戸を発ち、午後、岡山駅到着。山本直一の手配によるトヨペットの小型トラックで、6里の道を1時間あまり走る。横溝正史宅で正史一家、広島から先着していた鬼怒川浩に迎えられ、宿泊。正史とは翌朝5時まで話し込んだ。
 11月14日(金)。倉敷高等女学校で毎日新聞岡山支局主催、岡山県防犯協会後援の講演会。西田政治、横溝正史のあと演壇に立つ。つづいて二三会館で支局主催の座談会。記事は毎日新聞岡山版に19日と20日に掲載。夜、支局と協会から招待されて歓談。
 11月15日(土)。横溝正史宅で夕刊岡山主催の座談会。横溝正史、西田政治、鬼怒川浩、妹尾韶夫、阿知波五郎らと出席。日本探偵小説のベストスリーを選び、乱歩は「押絵の奇蹟」「鬼火」「赤いペンキを買った女」をあげた。記事は20日に掲載。夜、横溝、西田と3人で「桜三吟」と題する連句を巻いた。
 11月16日(日)。横溝正史宅を辞し、倉敷駅から京都へ向かう。西田政治は神戸駅で下車(後略)。

 彼らの日記からは暗くて長い戦争の日々をくぐり抜けた喜びがヒシヒシと伝わってきます。13日の夜から14日の明け方まで、乱歩と正史は夜を徹して語り合いました。その時の話題はおそらく戦時下の精神的飢餓を癒すように、本格探偵小説復活の興奮に満ち、さぞ熱気にあふれていたことでしょう。そして15日の夜に乱歩・正史・西田政治の3人で巻き上げた『桜三吟』なる連句1巻が今に伝えられています。いったい誰がその夜に「連句をやろう!」と風流な遊びを切り出したのでしょうか?

 西田政治は同年発行の『探偵作家クラブ会報』に11月15日夜のいきさつについて寄稿しています。「夜は珍らしい鮓の御馳走ですっかり満腹してしまったが、何を思い出したのか乱歩サンが連句をやろうじゃないかとの提言に、横溝君がまた乗り気になったので、サッパリ連句を知らぬ私までが巻きぞえを食った、苦吟悪吟。やっと11時ごろまでかかって片づいたのでホッとした。乱歩サンこの連句に題して『桜三吟』と。桜は横溝君の居る桜村のこと。それにしても、こんなところで連句の運座が開かれようとは夢にも思わなかったことで、自分ながら全く不思議な巡り合せだと考えた」

 乱歩自身も『探偵小説四十年』の中に「3人ともろくに法則も知らなかったのだから、変なものができ上がったが、3時間ほどでともかく1巻を仕上げた」と書いています。発句の「鷹一羽東より来て天高く(正史)」から挙句の「陽炎ゆらぐ王城の夢(乱歩)」まで全部で32句の長句・短句が鎖のように連なっています。3時間で32句とはなかなか快調なペースです。ただ、惜しいなあ…と思うのは、あと4句続けて36句になっていれば「歌仙」が完成したのにな…ということ。一杯飲みながらの作句だったでしょうから酔いが回り、32句までが限界だったのかもしれません。

 発句を客人(乱歩)が詠まずに主人(正史)が詠んだり、季節の句が春夏秋冬そろってなかったり、花(桜)の句や月の句が所定の位置になかったり…と、乱歩自身が認めるとおり連句の式目(約束ごと・法則)は守られていないものの、さすが言葉にうるさい探偵作家たちだけあって、それぞれの句の鮮やかな切れ味や前句との付き具合は大したものです。終戦後間もない秋の夜に岡山の地で、正史と乱歩らが連句に興じていたという事実を、うっとりしみじみ噛みしめる私です。

  ◇

青山 融(あおやま・とおる) 岡山弁協会会長。映画「バッテリー」「でーれーガールズ」などで方言監修、指導を担当。岡山が生んだ名探偵・金田一耕助、古墳、路上観察など興味の的は多岐にわたる。雑誌「月刊タウン情報おかやま」「オセラ」の編集長など歴任。著書に「岡山弁会話入門講座」「岡山弁JAGA!」「岡山弁JARO?」など。東京大法学部卒。1949年、津山市生まれ。

(2021年10月11日 16時52分 更新)

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