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【記者が行く】岡山の秋祭りの「こちゃえ」歌詞の意味は 江戸時代の出来事や風俗

表町商店街での祭りに登場しただんじり。太鼓や笛に合わせて「こちゃえ~、こちゃえ~」と声を響かせた=2019年10月
表町商店街での祭りに登場しただんじり。太鼓や笛に合わせて「こちゃえ~、こちゃえ~」と声を響かせた=2019年10月
 岡山市内に住んでいた子どもの頃、神社の秋祭りでだんじりを引きながら「備前岡山西大寺町…こちゃえ~、こちゃえ~」とみんなで歌っていました。歌詞にはどんな意味があるのでしょう。〈総社市、女性(76)〉

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 「こちゃえ」というフレーズが印象的なこの歌。総社市出身の20代前半の記者には全く聞き覚えがないが、周囲の人に尋ねると岡山市周辺では昔から「こちゃえ」や「備前太鼓唄」と呼ばれ親しまれてきたという。へえ、そんなご当地ソングが…と単純に思いきや。

 「『こちゃえ』は江戸後期から明治期にかけて全国で流行しました。軽快な節回しに合わせ、地域ごとに当時の出来事や風俗を織り込んださまざまな歌詞が存在します」。「こちゃえ」の歌い手でもある伝承民謡研究家の住宅正人さん(57)=岡山市南区=が説明してくれた。

 住宅さんによると、江戸の人々に流行した座敷歌にあるはやし言葉「こちゃかまやせぬ、こちゃえ」がルーツではないかとのこと。「こっちは構わない」を意味するとも考えられるが、はっきりしたことは不明。岡山へは当時の流行歌として入り、響きだけが取り入れられたとみられる。

 岡山では「こっちはええ」と思っている人もいるが、本来の江戸の言い回しにはそんな意味はないという。

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 岡山ではよほど親しまれたのだろう。時期は不明だが、郷土色豊かな歌詞ができ、祭りで歌われ、打ち鳴らす太鼓に合わせてだんじりを引く際に欠かせない曲になったようだ。昭和3(1928)年には西大寺町(岡山市北区表町3丁目エリア)の住民が歌う様子を山陽新報(山陽新聞の前身)が報じている。

 現在知られる歌詞は「備前岡山 西大寺町 大火事に 今屋が火元で55軒…こちゃえ、こちゃえ」というもの。えらく具体的な描写だと不思議に思いながら、各地の祭りに詳しい岡山民俗学会の田中豊さん(74)=倉敷市=に尋ねると、「実際に発生した火事が基になっています」との答え。

 江戸後期の天保5(1834)年、西大寺町の「今屋」という店から出火、周辺の70軒余りが被災したことが岡山藩の記録に残っていると教えてくれた。

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 歌詞は30以上! 「京橋へんの魚売り タイやタイ ハモやキスゴや ハマグリや」と旭川に架かる岡山市・京橋一帯で瀬戸内の魚が頻繁に取引された様子も歌われた。旭川を行き交う高瀬舟を取り上げた「出石三町 小畑町 裏は川 広瀬を上(の)ぼす 高瀬舟」との歌詞もあるそうだ。

 ただ、高齢化や都市の空洞化を背景に、「今では歌う人もすっかり少なくなった」と田中さんは話す。

 そんな中、表町商店街では商店主有志や田中さんらが「こちゃえ振興応援団」を結成、今春から普及に向けた活動に乗り出している。希望者を募って練習したり、関連の写真展を企画したり。応援団長を務める古市大蔵・トミヤコーポレーション会長(75)は「長く受け継がれてきた『こちゃえ』を通じて商店街を盛り上げるとともに、郷土愛を育むきっかけになれば」と期待する。

 各地の祭りは昨年来、新型コロナウイルス禍で中止や規模縮小を余儀なくされている。感染が収束し、みんなが笑顔で「こちゃえ~、こちゃえ~」と声を合わせる光景が早く見たい。

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(2021年09月26日 05時00分 更新)

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