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平原綾香さん 避難計画の動画紹介 真備の豪雨教訓 国交省事務所制作

倉敷市真備町地区の真備かなりや保育園を訪れ、園児と交流する平原さん=2018年9月
倉敷市真備町地区の真備かなりや保育園を訪れ、園児と交流する平原さん=2018年9月
 全国で災害が多発する中、歌手の平原綾香さんが7月下旬から、多くの高齢者や障害者らが犠牲になった西日本豪雨の被災地・倉敷市真備町地区で誕生した要配慮者版の避難計画作りを促す演劇動画を会員制交流サイト(SNS)に掲載している。被災直後、同町地区で支援活動をした平原さんは、山陽新聞社のオンライン取材に「行動しなきゃと思える動画を参考に、多くの皆さんに計画を作ってほしい」と語った。

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 ―動画は、国土交通省高梁川・小田川緊急治水対策河川事務所が制作。要配慮者を含む51人が直接死で亡くなったのを教訓に、アマチュア劇団の演劇を通じて「要配慮者版マイ・タイムライン」の作成を呼び掛けている。掲載したきっかけは。

 河川事務所からのメールで動画の存在を知った。劇団「OiBokkeShi(オイボッケシ)」の95歳の主役男性らのリアルな演技がすごい。「自分は大丈夫」という高齢者、「何かあった時に責任が取れない」と及び腰の住民などそれぞれの「心の声」を描写しつつ、避難先や支援者を事前に決めておく計画の必要性がよく伝わる。ある災害で高齢夫妻が被災し、車いすの妻が2階に避難できず命を落としたニュースを見たこともあり、早くシェアしたかった。

 ―歌手の傍ら、被災地支援を続けている。

 2003年、ホルストの曲に歌詞を付けたデビュー曲「Jupiter(ジュピター)」を発表したのが始まり。「私たちは誰もひとりじゃない」といった歌詞に、難病を前向きに捉えて生きる女の子と母親の思いなどを込めたところ、翌年に発生した新潟県中越地震の被災者をはじめ、全国の人から大きな反響をいただいた。傷ついた人たちに歌う意味を教えてもらい、社会的な責任や地域貢献を意識するようになった。

 ―西日本豪雨の際、真備町地区の避難所で被災者と交流し、自身が設立した「平原綾香Jupiter基金」から市に寄付もした。

 被災した皆さんに笑顔になってほしかった。避難所になった二万小(同町上二万)では高齢者と話し、保育園では園児から私が元気をもらった。明るく寄り添うボランティアが輝いていたのも印象的。伊東香織市長から防寒具が不足していると聞き、SNSで寄付を募ったほか、私もスキーウエアを贈った。

 ―東日本大震災を機に設立した基金で、被災地などの子どもを支援している。その意義などは。

 チャリティーコンサートを開くたび、思いを共有する人たちの心の温かさに触れ、募金や出演料を倉敷市などの被災地に届けている。いつどんな災害に遭うか分からない時代。子どもたちの心が晴れ晴れとなるような活動を続けていきたい。また、皆さんには今できることとして、動画を参考にマイ・タイムラインを作ってほしい。早めの避難で助かる命はある。

 ひらはら・あやか 2003年12月、音楽大在学中にデビュー。15年に基金を設立し、被災地支援のほか、クラレ(本店・倉敷市)と共同でアフガニスタンの子どもにランドセルを贈るなど幅広く活動する。東京パラリンピックに絡み、配信中の映像作品「MAZEKOZE(まぜこぜ)アイランドツアー」にも参加中。東京都出身。37歳。

(2021年08月29日 20時16分 更新)

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