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「この世界の片隅に」登場人物が語る原爆 〝失われたヒロシマ〟の記憶今も

手元に残る家族写真を見ながら原爆投下前の様子を語る浜井さん。にぎやかな町もそこに暮らした家族も一瞬で奪われた
手元に残る家族写真を見ながら原爆投下前の様子を語る浜井さん。にぎやかな町もそこに暮らした家族も一瞬で奪われた
 戦時下の日常を描いたアニメ映画「この世界の片隅に」(2016年公開)の製作のため、片渕須直監督に当時の暮らしの様子などを伝え、本人役でキャラクターとして映画にも登場した人がいる。広島県廿日市市の浜井徳三さん(87)。1945年8月6日の広島市への原爆投下の衝撃は今も頭の中に残り、「後ろから人に声をかけられたり大きな音がしたりすると驚いてしまう。あの日の恐怖は忘れられない」と言う。

 浜井さんが生まれ育ったのは爆心地として壊滅的な被害を受けた広島市の旧中島本町だ。付近には産業奨励館(現原爆ドーム)や呉服店など明治以降に建てられた洋風建築、昔ながらの木造建築の商店街―。当時国民学校5年だった浜井さんは鮮明な記憶を基に、映画づくりのために片渕監督に証言し、資料提供もした。

 映画に登場したのは、主人公のすずさんが広島の市街を訪れたシーン。不気味な男が背負う籠に乗ったすずさんを、理髪店の前でじっと見つめる丸刈りの少年が浜井さん。隣には家族も描かれている。その理髪店は浜井さんの実家だ。

 生まれ育った町は現在、緑に囲まれ多くの慰霊碑が並ぶ平和公園となっているが、当時は映画館やビリヤード場といった遊戯施設、定食屋や写真館などが立ち並んでいた。浜井さんは、理髪店を営む父とハワイ育ちの母との間に3人きょうだいの末っ子として生まれた。外遊びが大好きで「いたずらばかりしていた」という浜井さんは相生橋から川に飛び込んだりボートの貸し出し店でこぎ方を教わり自分でこいだりとやんちゃな幼少期を過ごす。
 
 45年4月、各地で激しさを増す空襲を避けるため浜井さんは一人、廿日市市に住む親せきの元に疎開することに。今手元に残る写真はこのとき一緒に疎開先へ避難させたため被爆を免れたものだ。現地の学校に通う浜井さんを一度だけ家族が訪ねてきたのは8月5日原爆投下の前日だった。「泊って行かないか」というおばに対し仕事などを理由に両親と兄姉は広島に帰ってしまった。それが最後の別れとなった。

 翌6日、学校のグラウンドにいたときに突然青空がピカーッと光ったかと思うと1分もたたないうちにズドーンという地響きがした。広島の市街から13キロも離れているにもかかわらず、校舎の窓ガラスが割れるほどの衝撃を受けた。2日後に変わり果てた町に足を踏み入れると、かつて家と理髪店があった場所から父が使っていたはさみは出てきたが、遺体は見つからなかった。理髪店の従業員も顔なじみの地域の人もその多くが犠牲となった。
 
 終戦後、疎開先の友人のもとに次々に家族が迎えに来た。「あの時自分のところに誰も迎えに来なかったことが何より寂しかった」とつぶやく。その後はおじの一家に引き取られた。おじの子どもたちも浜井さんを慕っていた。成人して働くようになってからも「あの場所に行けばみんなが生きていて会えるのではないか」とたびたび爆心地を一人で訪れた。その思いは今も変わらず「暇さえあればふらふらと歩いてしまう」という。

 おじが90歳で亡くなるまで戦争体験を人に語ることはなかった。「思い出すのがつらいというのと、戦争孤児は自分だけではない」という思いからだった。しかし焼け跡に残った時計を平和資料館に寄付した際、被爆体験の継承活動をする人々に出会い気持ちに変化が現れた。そうした人々との縁が片渕監督との出会いにつながった。「監督のように、あの頃の暮らしをこれだけ忠実に再現しようとしてくれる人がいる」ということに胸が熱くなった。

 あれから76年。当時を知る人が次々亡くなることに危機感も抱く。現在の平和公園にかつて町があったことを知らずに歩く人を見ると「ここは墓場だったんだぞ。親父たちが焼き殺されたんだぞ」という気持ちになる。他県の人に広島出身と話しても原爆の話に触れてくれないときには寂しい気持ちになる。

 一方で、手元に残った白黒の家族写真をAI(人工知能)でカラー化したり最新の技術で失われた町を再現したり継承活動をする若者たちに出会い証言する機会もあった。「当時を思い出すのはつらい。でもそれ以上に一生懸命な若い人の姿がうれしい」とほほえむ。

 若者たちにはいつも平和とは何か、と尋ねてみる。多くの場合「戦争や内戦がないこと」と答えが返ってくる。しかし浜井さんは「単に戦争がないということではない。誰もが朝起きて夜眠るときまで満ち足りた気持ちでいられるということ。人間は不平不満の塊だけど、一人一人が満ち足りていれば戦争なんて起こらないのだから」と〝失われた町〟の記憶とともに語り続けている。

(2021年08月06日 09時02分 更新)

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