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五輪とジェンダー 差別解消の起点にしたい

 あらゆる差別を禁じる五輪憲章に基づき、「多様性と調和」を大会理念の一つに掲げる東京五輪が開幕した。

 国際オリンピック委員会(IOC)は「史上初のジェンダー(社会的性差)バランスの取れた大会」と位置づけ、開会式では各国・地域の選手団の旗手に初めて男女1人ずつの起用を求めた。出場選手に占める女性比率はほぼ半数となる見通しだ。草創期に女性が排除された五輪の歴史からみれば、一つの節目となる大会といえよう。

 近代五輪が始まった1896年アテネ大会は古代五輪にならい、女性の参加は許されなかった。4年後のパリ大会でテニスとゴルフに女性が初参加したが、出場選手の中で女性はわずか2%だった。

 陸上競技にようやく女性の参加が認められたのは1928年のアムステルダム大会からである。岡山市出身の人見絹枝が日本人女性初の出場と銀メダル獲得を果たし、大きな礎となったことはあらためて記憶にとどめたい。

 五輪憲章にIOCの役割として「女性のスポーツ振興」や「男女平等」の推進が記されたのは、近代五輪のスタートからちょうど100年後の1996年である。2011年には憲章の根本原則の差別に「ジェンダー」が明記され、14年には「ジェンダー」に代えて「性別、性的指向」と男女の枠組み以外の差別も加えられた。

 今大会では、出生時の性別と自認する性が一致しないトランスジェンダーの選手が、自認する女性の枠で重量挙げに出場する。IOCはホルモン値など一定の条件下で参加を認めており、五輪史上初のケースになるという。性の多様性の尊重という大会理念を表す出来事になろう。

 競技面での男女比率などは改善されてきたが、不平等はそれだけではない。IOCの委員に女性が初めて加わったのは1981年になってからだ。IOCは2018年、ジェンダー平等実現のための行動計画をつくり、意思決定に関わる女性役員を増やすなどの取り組みを強化しており、各国にも働き掛けている。

 こうした五輪をめぐる潮流の中で、突きつけられたのが五輪が掲げる理念とはかけ離れた開催国・日本の現状だった。2月には大会組織委員会の会長だった森喜朗元首相が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと女性蔑視発言をし、国内外から批判を浴びて辞任に追い込まれた。その後も、人権意識の低さを露呈する大会関係者の不祥事が相次いでいる。

 五輪はスポーツの祭典だが、「差別を容認しない」などの五輪精神の浸透もまた開催意義の一つであろう。森氏の辞任後、大会組織委は女性理事の比率を20%から一気に42%へ引き上げるなど前進もあった。あらゆる差別解消へと日本社会が変わる起点になったと、後世に評される大会にしなければならない。

(2021年07月24日 08時00分 更新)

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